とあるウォンバット研究者の数奇な人生

とあるウォンバット研究者の数奇な人生

オーストラリアでウォンバットの病気の研究をするというあまりにも数奇な人生を選んだ日本人のお話。

ところで動物学ってどんなこと勉強するの?~タスマニア大学での生活~(第二話)

こんにちは。

ウォンバット研究のKotaroです。

 

さぁ、前回の記事では僕がタスマニアへ旅立つまでのキッカケと葛藤の記録をお話させていただきました。

「これ需要あんのかなぁ」って不安に思いながら書いたのですが、予想に反して興味を持ってくれた人がたくさんいたので、僭越ながら続きを書いちゃいます。

感想をくれた人はスーパーありがとうございます。

読んでくれた人もスーパーありがとうございます。

 

というわけで、第二話もHere We Go!! (マリオカート風に)

 

1.出発の日の記憶

まず、タスマニアへ飛び立つ日のことを思い出したのでそのことを書こうと思います。

これも需要ないかもしれないけど、僕が書きたいので書きます。(笑)

 

19歳、出発当日の僕は一人っきりでの海外にそれはそれはもう不安に胸が押しつぶされそうでした。。。

 

なァーんてことは全く無く、不安の欠片もなく、大きな期待と過剰なまでの自信で満ち溢れ、余裕ぶっこきクソ野郎で出発当日を迎えました。

「英語なんて俺なら3か月もあればペラペラになれる」

そんな風に思ってました。いやァ~、憎たらしいですねぇ。(笑)

完全に過信です。世間知らずです。

調子乗ってたんですね。えぇ。

 

成田空港へ向かう新幹線に乗るために、「スーツケース重いし大変でしょ」と言う母に家から車で名古屋駅まで送ってもらいました。

 

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駐車場から会話もなく駅構内を一緒に歩き、そうこうしているうちに改札へと着きました。

 

「お世話になりました。」

 

蚊の鳴くような小さな声でそうボソッと言い残し、振り返りもせず改札をくぐったのを覚えています。

母はその時どんな気持ちだっただろうか。

どんな顔をしていたのだろうか。

僕も家族と離れることが本当はすごく不安ですごく寂しかったのかもしれません。

しかし、当時はまだまだガキで、素直になれず、つよがりのように冷たい態度をとってはその不安をごまかしていたのかもしれません。

何故もっと素直に感謝の気持ちを伝えられなかったのだろう、と今でも少し後悔しています。

こうして、実際よりも少し重たく感じるスーツケースを引きずりながら僕は生まれ育った街を出たのでした。

 

東京駅で東京に単身赴任していた父と合流しました。

ちなみにその時言われた言葉は、

「母さん泣いてなかった?www」

でした。

今も思う。「なんで半笑いなんだよ。。。」と。(笑)

 

これが2012年4月25日、僕が初めてタスマニアに向けて日本を発った日の記憶です。

今でこそ多少いろいろ話すようになりましたが、これ書いてて「離れてるからこそやっぱりもっと家族とたくさん話さなきゃなぁ」なんて思ってます。

 

2.ついにタスマニアの地へ!

皆さん、大変長らくお待たせしました。ここまで付き合ってくれて本当にありがとうございます。

やっとタスマニアにたどり着きます。(笑)

タスマニア州の州都ホバートへはシドニー経由で向かいました。

思い出しました。着陸前に機内から見た景色に僕は驚愕したんです。

 

一面ずーーーっと緑!!!

見渡す限り果てしなーく緑!!!

 

テレビでアマゾンの空撮映像とかあるじゃないですか。

マジであんな感じ。(笑)

「お、オレは今日からこんなとこに住むのか。。。」

と、ここに来てとんでもないところに来てしまったという大きな不安に襲われました。

 

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やっとの思いで飛行機を降り、荷物を待っていると、ヒゲモジャの体重100キロはあろうかというめちゃくちゃデカいおじさんが話しかけてきました。

「Are you Kotaro?」

「ん?(困惑)」

自分の名前を聞かれただけなのにそれすら聞き取れませんでした。

そしてそのデカいおじさんと彼の隣にいた優しそうなおばさんこそが、僕のホストファミリー、ケンとクリスだったのです。

 

ホバートの街を抜け、郊外にあるホームステイへの道中、「すごい、すごい」と馬鹿の一つ覚えのように僕は連呼していました。

彼らの英語がまるで聞き取れない分、せめて理解してもらえそうな日本語を発することでとりあえず自分を主張しようと考えての作戦でした。

我ながら意味の分からん作戦すぎて引いてます。

 

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Hobart facts for kids: https://kids.kiddle.co/Hobart

 

ちなみにホームステイ着いてからも、なんだかめちゃくちゃオシャレな部屋のデザインに、ここでも、

「はえー、すごい。」

と言っていたのを記憶しています。

もうほとんど壊れたサルのおもちゃ状態です。

 

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このように分かりやすく壊滅的な英語力だった僕は、到着の2日後から語学学校に通うことになるのです。

「初日は送っていくね。」

とケンが言ってくれたと思うのですが、当時の僕の英語力では今となっては謎のままです。

 

こうして、僕の長くつらく、そしてあまりにも最高なタスマニアでの生活がスタートしたのでした。

 

はいッ!

というわけ、第二話では19歳の僕が家族を離れタスマニアへと降り立った記憶を辿らせていただきました!

話がなかなか進まない+全然動物の話をしてなくてすいません。(笑)

でも!きっと第三話か第四話には、かなり具体的なタスマニア大学での動物学専攻ライフについてお話できるのではないかと予想しております。(あくまで予想なのであしからず)

「面白かった」とか「話が長ェ―よ」とか「ちゃんと母ちゃんと話せ」とか、もう本当になんでもいいのでまた感想等をもらえると喜びます。

 

読んでくれてとってもありがとう!!!

 

ではでは、皆さん第三話でお会いしましょう。