ウォンバット疥癬への新治療薬ブラベクト!最新研究をビシッと解説!
さて、先月にようやくパブリッシュされました僕がタスマニアで携わってきたプロジェクトの論文、
Fluralaner as a novel treatment for sarcoptic mange in the bare-nosed wombat (Vombatus ursinus): safety, pharmacokinetics, efficacy and practicable use
「いやいきなり『さて!』とか言われても…(困惑)」
ってなってる人、大丈夫ですちゃんと説明します!
このタイトルをざっくり日本語に訳すと、
「ウォンバット疥癬への新治療薬Fluralaner(ブラベクト)の安全性、薬物動態学、効果、そして実践的な使用」
だいたいこんな感じです。
本記事では、この論文をビシッと解説していこうと、そういった内容でございます。
たぶん長くなるので暇すぎて大して食べたくもないお菓子をボリボリと食べちゃってる時にでも読んでください。
目次
1. ウォンバット疥癬とは?
2. 新治療薬ブラベクトってウォンバットにとって安全なの?
3. それでその薬、疥癬にちゃんと効くんでしょうねェ?
4. まとめ
といった感じで進めていくのでもし分かりづらい箇所とかがあれば、コメントでもTwitterでもメールでもいいのでまた聞いてください!
1.ウォンバット疥癬とは?
オーストラリアにいるズングリムックリの可愛い動物ウォンバット。
しかしこのウォンバット、今大変な病気に苦しんでいるんです。
Sarcoptic mange、和名:疥癬(かいせん)
―ヒゼンダニ(Sarcoptes scabiei)により引き起こされる感染症。
感染した個体は強烈な痒み、皮膚の過角化(乾燥しひび割れそして厚くなる)、そしてひっかき傷からの第二感染症などに襲われる。
また、ウォンバットの場合、皮膚の過角化は目の周辺にも起きやすく、その場合は視力を奪われエサや水を見つけることができず多くの場合は死ぬ。
この疥癬という病気、現在までに人間を含めた100種類以上の哺乳類で報告されています。しかし、その中でも特に一番大きな影響を受けているのがこのヒメウォンバットだと言われています。
しかしなぜ、ウォンバットにだけ被害が大きいのか?
ヒゼンダニはある気温や湿度などの条件が揃った環境では宿主無しで2-3週間生きることができると言われています。そしてウォンバットの巣穴はまさにその「条件の揃った環境」であると考えられます。特に大量の草が敷き詰められている寝室は湿度も保たれておりダニにとって非常に過ごしやすい環境でしょう。
そしてもうひとつの原因はウォンバットの「巣穴を共有する」という習性にあります。ウォンバットの縄張り意識はそこまで強くなく、他の個体が掘った巣穴を使うことがよくあります。
つまり、感染した個体が使用した巣穴にはヒゼンダニが住み付き、その巣穴を健康な個体が使用することで感染が広がるといった仕組みです。
きっとここまで読んでくれた人たちの多くは思ったでしょう。
「治療薬はないのか?」と。
もちろんあります!
サイデクチンという薬は、オーストラリアでウォンバットの疥癬を治療するのに最もメジャーな寄生虫駆除薬であり、現在国内でウォンバットへの使用が認可されている唯一の薬です。
なんとこの薬一回投与すると効き目が1週間持続し、あっという間にダニを駆除してくれるすごい薬なんです。
よぉーし!それじゃあ、疥癬で苦しんでいる野生のウォンバットたちをすぐに治療しに行こう!!ってなりますよね?
それがねぇ、そうもいかないんですよォ。。。
この薬の効果持続期間は1週間。
ヒゼンダニが宿主無しで生き延びられるのが2∼3週間。
分かりますね?
感染したウォンバットには複数回繰り返しこの薬を投与しない限り、ウォンバットの身体そして巣穴からダニたちを完全に駆除することはできないのです。
そして、野生の環境では同じ個体に複数回都合よく出会い、そして個体群の全個体に確実に薬を投与するのはほぼ。。。
不可能。
これが現状です。悲しいですが。
この打開策として、タイトルで登場した「ブラベクト」という別の薬の使用が現在は検討されています。
このブラベクトは一回の投与で効果が3か月持続することがイヌやネコで実証されています。
マジで希望の光です。
というわけで、ブラベクトのウォンバットへの安全性を確認しよう!というのが僕の研究プロジェクトに相成ったわけでございます!
ウォンバット疥癬について詳しくはこちら
wombat-suki-life.hatenablog.com
2. 新治療薬ブラベクトってウォンバットにとって安全なの?
最近では、コロナのワクチンがニュースで話題になってますね。
「効き目はどうなんだ」とか「副作用は大丈夫なのか」とかね。
このブラベクト、ウォンバットたちにとっても全く新しい未知の薬。
いくら疥癬で苦しんでいるからって、彼らもいろいろと不安でしょう。
というわけで、このプロジェクトの目的を簡単にまとめると
- ブラベクトのウォンバットへの安全性の確認と薬物動態の調査
です。
薬物動態っていうのは、投薬されてからどれぐらいの量の薬がちゃんと動物の体内に吸収されたか、また体外に排出するのにはどれぐらいの時間が掛かるかなどを調べる実験です。
これは動物の種類や薬によって代謝速度や薬の分解のされ方に違いがあるため、その薬がその動物の体内でどれだけ効果を持続するかを見るのに非常に大事な調査なんですねぇ。
なので、薬の血中濃度の変化を調べるためにも定期的に採血をします。
安全性の確認方法としては、健康なウォンバットにブラベクトを一度だけ投薬。
体重・行動・血液検査を投薬前と投薬後の3か月間定期的に記録し、その実験期間中にウォンバットの健康状態に変化がなければブラベクトは彼らにとって安全ということになります。
実験の流れとしては、
‐ブラベクトを一度だけ投与する。
‐投与量は25mg/kg(犬の標準量)or85mg/kg(安全と思われる高投薬量)
‐薬物動態調査と血液検査のために採血する。(3回/週→1回/週→2週間に1回:3か月間)
‐体重測定と行動観察を採血と同頻度で行う。(ウォンバットの健康状態のチェックのため)
そしてそして、
結果発表――ッ!!!!
まずは実験期間中のウォンバットの健康状態から!
ブラベクトを投薬前と後の3か月間、どちらの投薬量の個体にも行動と血液検査の結果にほぼ変化が見られず、ビシッと健康でいてくれたことが分かりました!
特に体重に関してはどのウォンバットも増加傾向にあり、まだまだすくすくと成長していました(笑)
薬物動態調査の結果も非常にポジティブなものでした。
分析の結果、ブラベクトはウォンバットの体内の吸収されてから、25mg/kgであれば40日、85mg/kgではなんと160日以上効果が持続することが分かりました。
つまり、1週間のみの持続期間のせいで複数回投与が求められるサイデクチンよりも、ブラベクトは一回の投薬のみで野生のウォンバットに発生する疥癬を効果的に治療し予防できるという結論に達したわけなのです。
素晴らしいッ!!
というわけで、ブラベクトはウォンバットにとって安全かつ、非常に長い効果持続期間のある、疥癬治療の希望の星となる結果を示したのでした。
僕がタスマニア大でした研究について詳しくはこちら
wombat-suki-life.hatenablog.com
3. それでその薬、疥癬にちゃんと効くんでしょうねェ?
さて、薬の安全性が確認された今、気になってくるのが本当にその薬が効くのかというところです。
この実験では、シドニーのあるニューサウスウェールズ州のHunter Valleyという場所で捕獲された疥癬に感染した3頭の野生のウォンバットをCedar Creek Wombat Rescueで保護し25mg/kgのブラベクトで治療しました。
症状の重症度は以下の図を使って疥癬スコアとして記録され、治療前のそれぞれの疥癬スコアは、1 (ウォン1)、1.57 (ウォン2) 、2.09 (ウォン3)となっており、全て軽度の疥癬に感染していることが分かりました。
ブラベクトが投薬されるとすぐに効果が見られ、なんと投薬3週間後までにウォン1とウォン2の疥癬スコアが0になり、ウォン3のスコアは0.37まで落ちるという急速な回復が見られました。
その翌週にはウォン3もしっかり疥癬スコア0を記録し、「完治」となったわけでございます。
そして15週間にも及ぶこの実験期間中、一度も疥癬を再発することはありませんでした。
素晴らしいッ!!
この実験によって、犬の標準投薬量のブラベクトは疥癬に感染したウォンバットに素早い効果を発揮し、それは3ヶ月以上持続するということが証明されたわけでございます!
4. まとめ
さぁ、長々と解説してまいりましたこちらの記事もまとめです。
みなさん、お疲れ様です。
この論文の重要ポイントをまとめると
- ブラベクトはウォンバットにとって安全
- ブラベクトはウォンバット疥癬に効果的
- 従来の薬のサイデクチンよりも長い効果持続期間があり、一回の投薬で疥癬を治療できる
となると思います。
(ウォンバット勢歓喜。。。!!)
しかし、
「さぁ!では早速この薬を持ってウォンバットを助けに行こう!」
とはならないのです。
まだまだこのプロジェクトでは調べられなかったことがいくつかあるんですね。
- サンプル数が少ない
今回ブラベクトの安全確認に使われたのは7頭、効果の実証に使われたのが3頭です。
より確実な安全性と効果を確認するには子供をもっと含めた多くの年齢層の個体、妊娠中の個体、そしてオスとメスの比較など、まだまだ必要なデータがたくさんあるのです。
そしてもうひとつ大切なのが、今回治療されたウォンバットは全て軽度の疥癬に感染していたという点です。
ただでさえ衰弱している重症個体にもブラベクトが同じような効果を発揮するのか、これは非常に大事なデータとなるでしょう。
このようにまだ課題の残るウォンバット疥癬撲滅作戦。
しかしこの研究が示したブラベクトの安全性と効果は、疥癬に苦しむ彼らを救う未来への大きな一歩と言えます。
最後にこのプロジェクトに協力してくれたBonorong Wildlife SanctuaryとCedar Creek Wombat Rescue and Hospital Inc.のウェブサイトのリンクを載せておきます。
もし「ウォンバットたちのために自分に何かできることはないかな」と思ってくれている方がいたらぜひ募金してあげてください。
Bonotong Wildlife Sanctuary (593 Briggs Rd, Brighton TAS 7030)
Cedar Creek Wombat Rescue and Hospital Inc. (PO Box 538, Cessnock, NSW 2325)
www.cedarcreekwombatrescue.com
読んでくれてありがとう。
またお会いしましょう。