とあるウォンバット研究者の数奇な人生

とあるウォンバット研究者の数奇な人生

オーストラリアでウォンバットの病気の研究をするというあまりにも数奇な人生を選んだ日本人のお話。

こないだのタスマニアでのフィールドワークのお話

2021年11月、僕はこのウォンバット研究プロジェクトのフィールドワークのために、タスマニア島の北西部、Cape Portlandという場所を訪れました。

以前にもここを訪れるチャンスが何度かあったのですが、新型コロナウイルスの影響で政府より移動が規制されたり大学から許可が降りなかったりと、なかなか実現できずにいました。

しかし今回、ようやく満を持してタスマニア大学の研究チームに帯同してフィールド調査ができることに相成りました。

本記事ではそのフィールドワークの様子をお伝えしようと、そういった趣向でございます!

 

  • フィールドワークの調査現場とその目的とは?

タスマニア州の州都ホバートまで現在僕が住んでいるクイーンズランド州にあるブリスベン空港から約3時間のフライト。そして調査現場のCape Portlandまではホバートから車で4時間超というスーパー大移動です。

f:id:Kotaro_wombat:20211204080255j:image

ホバートに着いたのは夜6時。初日は僕が英語を1ミリも喋ることのできなかった19歳当時にとてもお世話になった元ホストファミリーの家に泊まらせてもらいました。

翌朝タスマニア大学チームと合流し、いよいよ出発!

滞在期間中はタスマニアらしい大雨に暴風という悪天候が予想されていましたが、蓋を開けてみれば快晴!完全なるドライブ日和です!

 

今回の旅に目的は疥癬の感染したウォンバットからダニのサンプルを採取すること。そして、そのダニからDNAを抽出して寄生虫駆除薬への抗体発生の仕組みを解明するためです。僕個人としては感染個体の皮膚からダニの採取方法のテクニックをヒト疥癬のエキスパートの僕のボスから学ぶことも目的のひとつでした。

普段は実験室に籠っている僕としては久々のフィールド調査に自ずとテンション爆上げです。

 

道中はBridportという小さくてこぢんまりとした村で休憩を挟みました。めちゃくちゃ素敵なところだけど、こういうとこに住んでいる人たちって普段何し過ごしてんだろ。そんな疑問を持たずにはいられないほどの田舎町です。

f:id:Kotaro_wombat:20211204075644j:image

今回の調査現場はCape Portland周辺のMusserole Wind Farm。つまり風力発電所です。

ことの始まりは、オーストラリアの大手電力会社からタスマニア大学に「うちの風力発電所に疥癬に感染したウォンバットがたくさんいる。支援するからここで研究しないか。」と提案してもらったのがキッカケでした。

そしてここで行われているプロジェクトこそが僕が修士時代に携わったプロジェクトの続き、「ブラベクトの野生個体群での効果の調査」なのです!

現在ウォンバットの疥癬ダニのDNAを研究している僕もこのプロジェクトに参加し、サンプル採取できることになったのです。

こうして2泊3日、何もない草原の中、野生のウォンバットたちとの生活が始まったのでした!

f:id:Kotaro_wombat:20211203202728j:plain

  • フィールドワーク開始!でも、どんなことするん?

大雨と言っていた天気予報は大きく外れ、快晴の中4時間超の運転の末ようやく昼過ぎに調査現場へ辿り着きました。少し休憩してすぐに調査に取り掛かります。

その調査というのはこのだだっ広い草原の中、舗装もされていない道を約2時間ぐるぐると走り回り、疥癬に感染したウォンバットを見つけ次第車から飛び降り捕獲、そして投薬するという非常に単純明快なもの。

しかし現実は言うが易し行うが難し。さまざまな困難が待ち受けています。

 

困難1:恐怖の有刺鉄線と電線

この風力発電所の多くの場所では牛が放牧されており、その牛たちが逃げないようにその周りを有刺鉄線と電線で囲われています。もちろんウォンバットたちが現れるのはフェンスの内側。これを飛び越えなければウォンバット捕獲など夢のまた夢。調査員1人感電。

f:id:Kotaro_wombat:20211203201204j:plain

 

困難2:毒ヘビ

季節は春のタスマニア。多くの爬虫類と両生類が冬眠から目を覚まし活動を始めます。実際に宿舎の近くでも多くのカエルを目撃しました。そして彼らを主食としているのがヘビたちです。

オーストラリアには約200種類のヘビが生息しており、そのうち25種が猛毒です。

そしてその中の2種、タイガースネークとタイパン、は世界で最も危険な毒ヘビトップ10に見事ランクインしております。

行きの車内でも、「いや〜ヘビめっちゃ出たらどうしよう〜!怖いわ〜!」なんて他人事のように談笑していましたが、初日からいきなり出ました。

f:id:Kotaro_wombat:20211203201807p:plain

タイガースネーク。体長最大約2m。

オーストラリアで最も危険な毒ヘビとされ、その強力な出血毒と神経毒は噛まれた人間を未治療なら2〜3時間で死へ追いやることができる。

基本的にはシャイな性格なので驚かさないように後ろからゆっくり近付いてパシャリ。

 

黒光りした鱗がめちゃくちゃかっこいいっす!

 

初日だけで3匹のタイガースネークと遭遇した僕らはフィールドを歩く際も間違ってヘビを踏んでしまわぬよう、そろりそろりと歩く羽目になりました。

 

困難3:巨大クモ

3日間僕らの家となる建物は思っていたよりもずっと立派で綺麗でした。

もっとボッロボロの小屋を想像していたので安心しましたね。

 

安心したのも束の間。

手のひらぐらいあるクソデカいアシダカグモがキッチンでいきなり僕らを迎えてくれました。

去年オーストラリアへ来たばかりのその迫力にイギリス人の女の子は恐れ慄いていました。かたや僕はタスマニアで動物学を専攻しサソリからの襲撃にも驚かないメンタルを手に入れていたので、「こっちが何もしなければ向こうも何もしてこないよぉ」などと彼女にとっては気休めにもならない言葉をかけていました。

f:id:Kotaro_wombat:20211203202331p:plain f:id:Kotaro_wombat:20211203201332j:plain

ソファのクッションの下には毒グモのホワイトテールスパイダーが。

体調は2cmほどで、人間に害を及ぼすほどの毒は持っていませんが、一応殺させていただきました。

 

  • 病気のウォンバットを助けに!フィールドワーク始まる!

午後3時ごろ。

この広大な風力発電所を、ウォンバットを探し車で2時間ほどかけて走り回ります。

しかし、走れど走れどウォンバットはいません。

代謝が低く暑いのが苦手なウォンバットたちは基本的に夜の涼しい時間帯に巣穴から出てきて活動します。

タスマニアのような比較的寒い地域では昼間に活動することもありますが、本日は春先の快晴。

この人間にとって最高に過ごしやすい気候はまだウォンバットたちには暑すぎたのです。

やっとの思いでウォンバットを一頭、約100m離れた丘の上に見つけました。

疥癬の症状が見れらたので、大きな虫捕り網のようなネットを持って捕獲へ向かいます。

f:id:Kotaro_wombat:20211203201923j:plain
ターゲットまであと20m。

4人で息を潜め、忍び足で囲い込んでいきます。

 

ウォンバットの視覚はあまり優れておらず、止まっているものをうまく認識できません。

その代わりに鼻はとても効きます。

彼らの風上に立てばたちまち僕らの存在に気付き、あっという間に逃げてしまいます。

 

狙いのウォンバットが草を食べています。これはこちらに気付いていない証拠です。

その隙にググッと距離を詰め、異常を感じてウォンバットが頭を上げた瞬間に僕らの動きはピタッと止まります。

これは完全にだるまさんがころんだです。

 

日本人の誰もが幼少期に経験したあの伝統的な遊びが今こうして僕の研究に、ウォンバットの保全に役立っています。

 

そしてターゲットまで5m程になった瞬間に4人で一気に飛びかかります!

「クソ!速い!」

ウォンバットは素早いターンをキメ、僕らの隙間を抜けて逃げようとします。

「そうはさせるか!」

僕も負けじと20年間サッカーで鍛えた足腰を使い、その急ターンについていきます。

しかし、標的は僕らをかわし、森の中へ逃げようと猛ダッシュします。

僕は50m走6秒前半(高校生時)の快速を活かし、必死に後を追いかけます。

 

走っていて気付いたのですが、あんなに平坦に見えた草原も実はボコボコ。

小さな丘がたくさんあるような地形でまともに走れません。

そうしているうちに派手にコケてしまい獲物を取り逃しました。

「アイツら、速い…」

 

このあと夕方になり気温が少し下がったところで数頭のウォンバットを目撃し、捕獲を試みましたがどれも失敗。

ウォンバット捕獲は思っていた以上に困難でした。

 

一旦宿に帰り、晩御飯を食べてからリベンジすることに。

晩御飯はタコスでした。美味かった〜!(切り替え早)

f:id:Kotaro_wombat:20211203202236j:plain

 

夜8時ごろ。

8時といってもサマータイム中のタスマニア。

日没は9時過ぎなので、まだまだ明るいです。

日本の夕方5時って感じです。

f:id:Kotaro_wombat:20211203161245j:plain

少し暗くなった草原を昼間と同じように車で爆走していきます。

「Mange!(疥癬!)」

メンバーの1人が叫びました。

全員車から飛び降り、有刺鉄線を跨いで新たなターゲットへとゆっくりと着実に忍び寄ります。

毛は抜け、皮膚はただれて大きく腫れています。

この旅で見た一番の重症個体です。

 

別の2人が後ろから僕らの方へ追い込む作戦にしました。

僕は息を潜め、向こうのサインを待ちながら、ウォンバットがこちらに来る瞬間に備えます。

 

背後の2人の存在に気付いたウォンバットがものすごい勢いでこちらに走ってきます。

その迫力に恐怖さえ感じながらも近付いてくるのをじっと待ちます。

「ガバっ!!」

ネットと麻袋でウォンバットを押さえ込みます、そして逃げらないように馬乗りになり、素早く頭を布で覆って視界を遮ります。

「うぉお、すごい力だ…!」

男2人が吹っ飛ばされそうなパワーでウォンバットは逃げようとします。

僕が馬乗りになってウォンバットを押さえ込んでいる隙に、1人がそのウォンバットに麻酔を打ちます。

すると30秒ほどでウォンバットは寝息を立て始めました。

f:id:Kotaro_wombat:20211203201635p:plain

野生のウォンバット久しぶりに触ったんだけど、やっぱり飼育個体にとは全然違う。

全体的にガチガチに硬くて、筋肉質。

野生で生きる厳しさを感じました。

 

ブラベクトを肩甲骨の間に投薬し、耳にタグを付けます。

緑のタグは「治療済み」のしるし。

これで経過が観察できます。

 

眠っているウォンバットをよく見ると、大きなお腹をしていました。

そう、袋の中に子供がいたのです。

このプロジェクトでは動物たちのストレスを最小限に抑えるために、子供のいる個体は投薬後すぐにリリースしなければならないというルールがあります。

 

普段であれば、体重、血液、そしてダニのサンプルなど、様々なデータを取りますが、今回はそれは行われず。

 

大型ペット用のケージにウォンバットを入れ、麻酔から覚醒するまでの数時間の安全を確保します。

 

結果的のこのフィールドワークではこれが唯一捕獲できた個体となりました。

 

2日目の夜は夜中の草原でスポットライト調査。

ウォンバットの個体数と疥癬の蔓延率を調べるためのものです。

f:id:Kotaro_wombat:20211203201503p:plain

f:id:Kotaro_wombat:20211203201554p:plain

寒空の下、車の窓を開けてスポットライトで草原の中をウォンバットを探して爆走します。

寒い…

3時間の調査で、120頭以上のウォンバットを確認しました。

そううち感染個体は8頭ほど。

この個体群の感染率は5〜10%というデータが出ており、まだ感染爆発は起きていないようでした。

思ったんですが、近くで見て触るのもいいけど、やっぱり野生動物ってのは探して探してやっと見つけたものを遠くから観察する方が逆に迫力あるなぁと、そんなふうに思いました。

こうして、僕のフィールドワークは終了したのでした。

 

  • まとめ

この旅の最大の目的であったダニのサンプルを採取は叶わなかったものの、普段ラボに篭ってウォンバットから採取したダニのDNAを眺めている僕にとって久しぶりにフィールドに出て、実際の動物たちを見ることはとても刺激になり、本当に多くのことを学ぶことができました。

そして、ウォンバットたちを疥癬から救うべく、更なる情熱と努力を自分のプロジェクトへ注ぐモチベーションとなったのであります。

あと、タスマニア大学時代に僕をウォンバット研究の世界に誘ってくれた元ボスともこうして今も一緒に働けているのも嬉しいですね。

いや本当にいいフィールドトリップだった!

 

というわけで、これからも頑張っていくので皆さん応援オネシャス!!

f:id:Kotaro_wombat:20211203201846j:plain