とあるウォンバット研究者の数奇な人生

とあるウォンバット研究者の数奇な人生

オーストラリアでウォンバットの病気の研究をするというあまりにも数奇な人生を選んだ日本人のお話。

ウォンバット疥癬から考える保全の難しさ

論文とか実験とかサッカーとかで忙しくて(言い訳)、かなり放置しておりましたこちらのブログですが、久しぶりに書きたいなと思うことが浮かんだので書きます!

 

ひよっこ研究者の僕もなんやかんやでウォンバット疥癬の研究にもう数年携わってきました。(ピヨピヨ)

研究自体の難しさもそうなんですが、やっぱり特に「保全」という物の難しさを最近はヒシヒシと痛感しております。

 

ウォンバット疥癬の場合の保全のゴールというのは「ウォンバットたちを疥癬という感染症から救い、彼らを守っていく活動」のことでございます。

でも研究を進めていくにつれて、この問題は良くも悪くも多くの人たちの思いや考えが交錯しあい、それによってゴールへの遠回りになってしまっているなぁという印象があります。

 

ってなわけで、「ウォンバット疥癬から考える保全の難しさ」これが本記事のテーマでございます!

 

マニアックな内容だけど楽しんでもらえたら嬉しい!

 

 

  1. ウォンバット保全の現状

 

現在、ウォンバット保全のほとんどはボランティアのケアラーさんを主体にした非営利団体によって行われています。

ケアラー(Wildlife Carer)というのは野生動物を一時的に自宅で保護し、野生に復帰するまでまたは保護施設に引き取ってもらうまで面倒を見ることです。

ウォンバットで言えば、一番メジャーなのが交通事故により死んだ母親の袋の中で奇跡的に生きている状態で見つかった子供を引き取り一定期間育てるというもの。

獣医さんによる健康状態のチェック、昼夜問わない数時間おきの授乳、ありとあらゆる家具を破壊する野生動物のパワーなど、決して簡単ではない仕事です。

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ウォンバットの親子。子供は生後1年半から2年間、母親と一緒に過ごす。

次にメジャーなのが、疥癬に感染したウォンバットの治療です。

保護せずに治療すると近辺に生息する他の個体も感染させてしまったり、完治に必要な回数の投薬をできなかったりなど、さまざまなリスクと困難が発生します。

それなら、一定期間完全に保護し、完治するまでしっかり治療しようということです。

これも非常に大変で、自分や家族やペットが疥癬に感染しないようにしっかりとした感染対策が必要になります。

そのため専門家のアドバイスに沿った薬物の知識や感染症の知識も必要になります。

例えば、ウォンバットを保護する部屋はその個体専用にする、その個体と接触した衣服はしっかり殺菌、消毒、洗濯をするなど。

また、感染個体は引っ掻き傷から二次感染の可能性もあるので抗生剤なども必要になります。

wombat-suki-life.hatenablog.com

僕が研究でもとってもお世話になっているNPO団体がビクトリア州のMange Management Inc.とCeder Creek Wombat Hospitalです。

こちらの代表の方達は本業で別の仕事をしながら疥癬に苦しむウォンバットの治療、地域のケアラーさんたちやコミュニティの教育、そして治療器具や薬の提供などを行っています。

エネルギーすごすぎます。

この二つの団体はタスマニア大学とサンシャインコースト大学のウォンバット研究プロジェクトに携わり協力しあってウォンバットの保全に日々勤めております。

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このように知識と経験のある人たちが中心となって、地域を巻き込んだウォンバットの治療プログラムこそが、現在のウォンバット保全の現状そして根幹となっているわけです。

いくら僕ら研究者が頑張っても、彼らなしではウォンバットの保全はなし得ないのです。

 

2.「ウォンバットを守りたい!」その強い想いが裏目に…

 

幸いなことにオーストラリアでは「ウォンバットをこの恐ろしい感染症から救いたい」と強く思ってくれる人がたくさんいます。

しかし、残念ながらそれがいい方向に作用していないケースもあります。

 

今僕が問題視しているのが、認可されていない薬を使ったり、認可されている投薬量の何倍もの濃度でウォンバットの疥癬を治療している人たち、または保全団体です。

 

2021年9月時点ではサイデクチンという牛などの家畜に使用される抗寄生虫薬のみがウォンバット疥癬の治療薬として認可されています。

投薬量もウォンバット一頭に20mL  を3〜4回までと厳しく定められています。

しかし、一部のケアラーの間で「この治療法では野生のウォンバットの疥癬の完治は不可能で実際は数倍から数十倍の量が必要」という情報が出回っていることが分かりました。

調査によると、最大で100倍もの量を32回も同個体に投薬したケースも報告されました。

サイデクチンの過剰摂取/投与には主に3つ問題があります。

  • 神経毒性

イベルメクチンやサイデクチンなどの抗寄生虫薬はダニ、ノミ、線虫などの寄生虫の中枢神経のある部分に作用し、体の一部を機能不全に陥れ麻痺を引き起こし殺します。その「ある部分」は無脊椎動物にしか存在せず、人間を含めた哺乳類の中枢神経には作用しないため安全という仕組みです。

しかし、この薬が過剰に僕らの体内に入ると、解毒酵素などのシステムなども突破し、脳神経まで到達してしまうことがあります。

そしてそれが脳に蓄積されると、神経系の障害を起こし、吐き気、下痢、脳卒中、運動失調症、最悪の場合死ぬこともあります。

過去にも事故で多量のイベルメクチンを摂取してしまった犬が神経障害になり意識不明の重体になったケースも報告されており、動物たちを守る上で素晴らしい薬である一方、用法用量に注意が必要な薬なのです。

 

また近年ではコロナウイルスの治療薬としてイベルメクチンが効くというデマが流れ、それを摂取した人が病院に運ばれたというニュースも出ていましたね。

 

つまり何が言いたいかと言うと、同じリスクがウォンバットの疥癬治療にも存在するというわけです。

科学的根拠なしに、闇雲に投薬すればどうなるのか。

そのウォンバットは疥癬で死んだのか、薬の過剰接種で死んだのか、残念ながらそういったことを調査する必要も出てきてしまいます。

  • 環境汚染

ウォンバットにおいて、このような抗寄生虫薬は肩甲骨の間に液体を垂らして投与するスポットオンタイプです。

このタイプを口から摂取してしまうと副作用を起こすことがあり、動物たちの手や舌が届かない場所に投薬することで、それを防げるのです。

 

しかし、例えばもし過剰な量の薬が野生のウォンバットに投薬されて、それがその地域の川などに流れ出したらどうなるでしょう。

そこにいた魚などの生物、その水を飲んだ野生動物または牛などの家畜たちがそれを経口摂取してしまうことになります。

そうなれば、もちろん間接的に薬を摂取した生物たちの健康状態にも影響するかもしれないし、その薬の成分を含んだ家畜の肉を人間が食べることになるかもしれないのです。

  • 抗寄生虫薬への抗体

このような薬の過剰使用や誤用は寄生虫たちの突然変異を促し、抗寄生虫薬への抗体の獲得へと繋がることが分かっています。

つまりその薬では抗体を得た寄生虫たちを殺せず、患者・患畜を治療できないと言うことなのです。

このような現象は世界各地で疥癬ダニを初め、ヒトジラミやノミなど様々な寄生虫で報告されており、結果的に別の薬で対処しなければならにという事態になります。

前述した「最大で100倍もの量を32回も同個体のウォンバットに投薬したケース」は確実に過剰投与に当てはまり、もしこれが日常的に行われていた場合、その地域の疥癬ダニにサイデクチンは効かなくなり、ウォンバット疥癬の撲滅は別の薬を使わない限り不可能になります。

 

3.まとめ

このように様々なリスクを伴う抗寄生虫薬の過剰投与と摂取。

悲しいのが、このような危険な行為をしている人たちも「ウォンバットを守りたい!」という一心で必死に治療に取り組んでおり、いくら専門家が一生懸命研究をしても、彼らの助け無しではこの感染症の撲滅は不可能なのです。

しかし、こういった一部のケアラーさんや保全団体の力が強すぎるため、本来協力しあうべき僕ら専門家の意見が「科学者の言うことなんて!」となかなか聞き入れてもらえないこともあります。

 

これって昨今のコロナ禍とも少し似ていて、疫病を乗り越えみんな元通り平和に暮らしたいっていう願いは同じなのに、デマが流れたり科学的に正しくない治療法を勧める人がいたり。

できるだけ協力し合ってそのゴールへと向かっていくべきにも関わらず。

 

こういった場合に研究者ができることって、今どんな研究が行われていてどんな効果があるか、どんなリスクがあるかを発信して多くの人に理解してもらえるよう努める事だと思うんです。

 

つまり、ウォンバット疥癬の治療においては、多くのケアラーさんや地域の人たちと手を取り合ってウォンバットを守るというゴールを達成するために、専門家からの発信と教育がカギになっていくのかなと思っております。

いわゆるサイエンスコミュニケーションと呼ばれるヤツです。

 

と言うわけで、ウォンバット疥癬から考える保全の難しさ、読んでくれてありがとうございました。

 

最後に、ウォンバット保全に全力を尽くしてくれている保全団体のリンクを貼っておきますので良かったら見てみてね!

もし、その活動に協力したいと思ってくれた人は寄付してあげてください。

安心してください、間違っても僕のポケットには一銭も入らないので!(笑)

 

お薬は用法用量を守って飲んでね!

 

では!

 

www.cedarcreekwombatrescue.com

mangemanagement.org.au