とあるウォンバット研究者の数奇な人生

とあるウォンバット研究者の数奇な人生

オーストラリアでウォンバットの病気の研究をするというあまりにも数奇な人生を選んだ日本人のお話。

ウォンバットを苦しめる病気

 

この記事では僕の研究トピックである「ウォンバットの病気を引き起こすダニの弱点を探そうぜ!」プロジェクトの、そのウォンバットの病気に関して書いていきたいと思います。

人によってはショッキングな内容かもなのでご了承ください。

それではどうぞ!

 

 

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オーストラリアにいるズングリムックリの可愛い動物ウォンバット。

しかしこのウォンバット、今大変な病気に苦しんでいるんです。

 

 

Sarcoptic mange、和名:疥癬(かいせん)

―ヒゼンダニ(Sarcoptes scabiei)により引き起こされる感染症。

感染した個体は強烈な痒み、皮膚の過角化(乾燥しひび割れそして厚くなる)、そしてひっかき傷からの第二感染症などに襲われる。

また、ウォンバットの場合、皮膚の過角化は目の周辺にも起きやすく、その場合は視力を奪われエサや水を見つけることができず多くの場合は死ぬ。

 

この疥癬という病気、現在までに人間を含めた100種類以上の哺乳類で報告されています。しかし、その中でも特に一番大きな影響を受けているのがこのヒメウォンバットだと言われています。

どれぐらいの影響かというと、例えばタスマニア州にあるナラウンタプ国立公園。以前は「ウォンバットパラダイス」と呼ばれるぐらいたくさんのウォンバットが生息していました。

 

 

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ナラウンタプ国立公園のロゴ

しかし、疥癬のアウトブレイクが確認されてから数は激減。10年ちょっとで国立公園内の個体数の95%が死に、最後に確認されたのは3頭のみになってしまいました。もしかしたら今はもう一頭もいないかもしれません。

これは疥癬に感染したウォンバットの写真です。

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Tasmania Government Department of Primary Industries, Parks, Water and Environment https://dpipwe.tas.gov.au/wildlife-management/fauna-of-tasmania/mammals/possums-kangaroos-and-wombats/


毛が抜け、むき出しになった皮膚がただれているのが分かります。

本来ウォンバットは夜行性なのですが、毛が抜けてしまい体温調節がうまくできなくなるせいでより暖かい昼間に活動的になる個体が多いです。

このように、疥癬はウォンバットの行動も大きく変えてしまいます。

また、感染と闘うためにより多くのエネルギーを必要とするため、普段ウォンバットは水分を主食である草から摂取するにも関わらず、水を探して長い距離を移動します。そしてそこで更に他の個体に伝染するのです。

もはやダニに操られたゾンビといっても過言ではないかもしれません。。。

 

しかしなぜ、ウォンバットだけこんなに被害が大きいのか?

ヒゼンダニはある気温や湿度などの条件が揃った環境では宿主無しで2-3週間生きることができると言われています。そしてウォンバットの巣穴はまさにその「条件の揃った環境」であると考えられます。特に大量の草が敷き詰められている寝室は湿度も保たれておりダニにとって非常に過ごしやすい環境でしょう。

そしてもうひとつの原因はウォンバットの「巣穴を共有する」という習性にあります。ウォンバットの縄張り意識はそこまで強くなく、他の個体が掘った巣穴を使うことがよくあります。

つまり、感染した個体が使用した巣穴にはヒゼンダニが住み付き、その巣穴を健康な個体が使用することで感染が広がるといった仕組みです。

 

きっとここまで読んでくれた人たちの多くは思ったでしょう。

「治療薬はないのか?」と。

もちろんあります!

サイデクチンという薬は、オーストラリアでウォンバットの疥癬を治療するのに最もメジャーな寄生虫駆除薬であり、現在国内でウォンバットへの使用が認可されている唯一の薬です。

なんとこの薬一回投与すると効き目が1週間持続し、あっという間にダニを駆除してくれるすごい薬なんです。

よぉーし!それじゃあ、疥癬で苦しんでいる野生のウォンバットたちをすぐに治療しに行こう!!ってなりますよね?

それがねぇ、そうもいかないんですよォ。。。

この薬の効果持続期間は1週間。

ヒゼンダニが宿主無しで生き延びられるのが2∼3週間。

分かりますね?

感染したウォンバットには複数回繰り返しこの薬を投与しない限り、ウォンバットの身体そして巣穴からダニたちを完全に駆除することはできないのです。

そして、野生の環境では同じ個体に複数回都合よく出会い、そして個体群の全個体に確実に薬を投与するのはほぼ。。。

 

不可能。

 

これが現状です。悲しいですが。

 

この打開策として、ブラベクトという別の薬の使用が現在は検討されています。

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MSD Animal Health

 

このブラベクトは一回の投与で効果が3か月持続することがイヌやネコで実証されています。

マジで希望の光です。

ちなみにブラベクトのウォンバットへの安全性を確認したのが僕の研究プロジェクトでした。

そして、現在タスマニア大学研究チームがウォンバットでの効果を検証しているところです。

早く効果が確認され認可されるといいなぁ。

 

いかがでしょうか。

きっとこれを読んでいただいた方の中にはこの病気のことを知らなかった方もいるでしょう。

ただ、残念ながらウォンバットは疥癬と病気に苦しみ、現時点では野生個体群から疥癬を撲滅するのは不可能ということを知っていただいたと思います。

学者の端くれとして多くの人にこういったことの認知を広げていくことも使命のひとつだと感じています。

 

下のリンクはタスマニア大学のウォンバット疥癬の研究プロジェクトをサポートをしてくれているCedar Creek Wombat Rescueのホームページです。

もし、オーストラリアには行けないけど力になりたいという方がいたら募金してあげてください。

https://www.cedarcreekwombatrescue.com/donations/

 

 

いつも読んでくれてありがとう!

悲しい話題ばかりじゃなく、明るい話題を僕も届けられるように頑張るので待っててください!

ではでは。

 

 

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