僕の仕事はウォンバットを捕まえることではない。ウォンバットを救うことだ。
さて、久しぶりに少し書きたいことができたので、この長期間にわたり圧倒的に放置されていたブログを更新しようと思います。
僕は現在、ウォンバットを疥癬という感染症から救うための研究をしています。
「もう知ってるよ!」という方、ありがとうございます。
初知りの方は以下のリンク先の記事を確認してもらえると、どんな感じの病気か知ってもらえると思います。
wombat-suki-life.hatenablog.com
現在の研究の内容としては、ウォンバットから採取したダニのDNAを調べ、治療薬がダニの体内で働く仕組みや薬への抗体が作られるメカニズムを解明しようというものです。
ダニが抗体を持っていた場合は使用する薬の種類を変えなければその地域のウォンバットを救えない。
ウォンバットたちをこの感染症から救うために非常に大切な研究なのでございます。
以前タスマニアでのフィールドワークについての記事を書きました。
そこでは疥癬に感染している野生のウォンバットを捕獲し、ダニのサンプルを採取するという最高にエキサイティングな経験をしました。
毒ヘビや毒グモが盛り沢山の大自然の中、大きな虫取り網でウォンバットを追いかけるその体験は確かに素晴らしいものでした。
しかし、その後、何人かの人から「次はいつウォンバットを捕まえに行くの?」「私も行きたい!」などと言われることがありました。
また、関心を持ってくれたメディアの中には「なんとしてもウォンバット捕獲シーンを!」というのもありました。
もちろん、友人にしてもメディアにしても、僕の研究に興味を持ってくれるのは本当に嬉しいし、めちゃくちゃありがたいです。
ここで僕が何を言いたいかというと、
「僕の仕事はウォンバットを捕まえることではない。ウォンバットを救うことだ。」
ということです。
「捕獲」というのは当然動物たちにとって非常に大きなストレスが掛かります。
体調1.7m程にもなり、道具を使いながら、群れで襲ってくる人間という恐ろしい敵。
ウォンバットたちに僕らはそう映っているかもしれません。
ましてや、疥癬と戦うためにすでに大量のエネルギーを消費しており弱っているウォンバットたちにとって、人間から逃げることは命懸けかもしれません。
当然、彼らは僕らが捕獲の末に疥癬の治療薬を投薬しようとしているなんて夢にも思わないのです。
というわけで、僕らとしてはできればウォンバットの捕獲はしたくないのです。
僕の持っているダニのサンプルのひとつに「DW01」と名付けられたサンプルがあります。
「DW」というのは、「Dead Wombat」。
つまり、死んだウォンバットから採取されたダニのサンプルなのです。
現在持っているダニのサンプルのほとんどは、
・過去に疥癬により死亡した個体から採取されたもの
・重度の疥癬のせいで安楽死させた個体から採取したもの
・保護施設に運ばれてきた感染個体から採取されたもの
・交通事故で死んだ個体から採取されたもの
で、構成されています。
そう、ウォンバットにストレス与えず、または最小限のストレスに留めた状態で採取されたサンプルです。
疥癬に苦しむウォンバットよりもかわいいウォンバットの映像が注目を集めやすいように、ラボで実験に励む研究者より原っぱでウォンバットを追いかける研究者の方が注目を集めやすいでしょう。
もちろんそれも分かるし、僕もどちらかと言えばフィールドの方が好きです。
しかし実際は、僕らはウォンバットへのストレスをどうにかして最小限に抑えつつ研究を行う方法を日々考えています。
研究のある側面だけがフィーチャーされすぎてしまった結果、本当に大事なことが見逃されてしまうのは少しだけ悲しい気がするのです。
そしてそれって世の中のいろんなことにも言えるよなってそんなふうに思います。
とにかく、今僕がウォンバットたちのためにできることは、ラボに籠もり、ダニのDNAを解析する実験をすることなのです!
という、とあるウォンバット研究者のボヤキ記事でした。
地味な内容でごめん笑
でも読んでくれてありがとう。
またいつか!
こないだのタスマニアでのフィールドワークのお話
2021年11月、僕はこのウォンバット研究プロジェクトのフィールドワークのために、タスマニア島の北西部、Cape Portlandという場所を訪れました。
以前にもここを訪れるチャンスが何度かあったのですが、新型コロナウイルスの影響で政府より移動が規制されたり大学から許可が降りなかったりと、なかなか実現できずにいました。
しかし今回、ようやく満を持してタスマニア大学の研究チームに帯同してフィールド調査ができることに相成りました。
本記事ではそのフィールドワークの様子をお伝えしようと、そういった趣向でございます!
- フィールドワークの調査現場とその目的とは?
タスマニア州の州都ホバートまで現在僕が住んでいるクイーンズランド州にあるブリスベン空港から約3時間のフライト。そして調査現場のCape Portlandまではホバートから車で4時間超というスーパー大移動です。
ホバートに着いたのは夜6時。初日は僕が英語を1ミリも喋ることのできなかった19歳当時にとてもお世話になった元ホストファミリーの家に泊まらせてもらいました。
翌朝タスマニア大学チームと合流し、いよいよ出発!
滞在期間中はタスマニアらしい大雨に暴風という悪天候が予想されていましたが、蓋を開けてみれば快晴!完全なるドライブ日和です!
今回の旅に目的は疥癬の感染したウォンバットからダニのサンプルを採取すること。そして、そのダニからDNAを抽出して寄生虫駆除薬への抗体発生の仕組みを解明するためです。僕個人としては感染個体の皮膚からダニの採取方法のテクニックをヒト疥癬のエキスパートの僕のボスから学ぶことも目的のひとつでした。
普段は実験室に籠っている僕としては久々のフィールド調査に自ずとテンション爆上げです。
道中はBridportという小さくてこぢんまりとした村で休憩を挟みました。めちゃくちゃ素敵なところだけど、こういうとこに住んでいる人たちって普段何し過ごしてんだろ。そんな疑問を持たずにはいられないほどの田舎町です。
今回の調査現場はCape Portland周辺のMusserole Wind Farm。つまり風力発電所です。
ことの始まりは、オーストラリアの大手電力会社からタスマニア大学に「うちの風力発電所に疥癬に感染したウォンバットがたくさんいる。支援するからここで研究しないか。」と提案してもらったのがキッカケでした。
そしてここで行われているプロジェクトこそが僕が修士時代に携わったプロジェクトの続き、「ブラベクトの野生個体群での効果の調査」なのです!
現在ウォンバットの疥癬ダニのDNAを研究している僕もこのプロジェクトに参加し、サンプル採取できることになったのです。
こうして2泊3日、何もない草原の中、野生のウォンバットたちとの生活が始まったのでした!
- フィールドワーク開始!でも、どんなことするん?
大雨と言っていた天気予報は大きく外れ、快晴の中4時間超の運転の末ようやく昼過ぎに調査現場へ辿り着きました。少し休憩してすぐに調査に取り掛かります。
その調査というのはこのだだっ広い草原の中、舗装もされていない道を約2時間ぐるぐると走り回り、疥癬に感染したウォンバットを見つけ次第車から飛び降り捕獲、そして投薬するという非常に単純明快なもの。
しかし現実は言うが易し行うが難し。さまざまな困難が待ち受けています。
困難1:恐怖の有刺鉄線と電線
この風力発電所の多くの場所では牛が放牧されており、その牛たちが逃げないようにその周りを有刺鉄線と電線で囲われています。もちろんウォンバットたちが現れるのはフェンスの内側。これを飛び越えなければウォンバット捕獲など夢のまた夢。調査員1人感電。
困難2:毒ヘビ
季節は春のタスマニア。多くの爬虫類と両生類が冬眠から目を覚まし活動を始めます。実際に宿舎の近くでも多くのカエルを目撃しました。そして彼らを主食としているのがヘビたちです。
オーストラリアには約200種類のヘビが生息しており、そのうち25種が猛毒です。
そしてその中の2種、タイガースネークとタイパン、は世界で最も危険な毒ヘビトップ10に見事ランクインしております。
行きの車内でも、「いや〜ヘビめっちゃ出たらどうしよう〜!怖いわ〜!」なんて他人事のように談笑していましたが、初日からいきなり出ました。
タイガースネーク。体長最大約2m。
オーストラリアで最も危険な毒ヘビとされ、その強力な出血毒と神経毒は噛まれた人間を未治療なら2〜3時間で死へ追いやることができる。
基本的にはシャイな性格なので驚かさないように後ろからゆっくり近付いてパシャリ。
黒光りした鱗がめちゃくちゃかっこいいっす!
初日だけで3匹のタイガースネークと遭遇した僕らはフィールドを歩く際も間違ってヘビを踏んでしまわぬよう、そろりそろりと歩く羽目になりました。
困難3:巨大クモ
3日間僕らの家となる建物は思っていたよりもずっと立派で綺麗でした。
もっとボッロボロの小屋を想像していたので安心しましたね。
安心したのも束の間。
手のひらぐらいあるクソデカいアシダカグモがキッチンでいきなり僕らを迎えてくれました。
去年オーストラリアへ来たばかりのその迫力にイギリス人の女の子は恐れ慄いていました。かたや僕はタスマニアで動物学を専攻しサソリからの襲撃にも驚かないメンタルを手に入れていたので、「こっちが何もしなければ向こうも何もしてこないよぉ」などと彼女にとっては気休めにもならない言葉をかけていました。
ソファのクッションの下には毒グモのホワイトテールスパイダーが。
体調は2cmほどで、人間に害を及ぼすほどの毒は持っていませんが、一応殺させていただきました。
- 病気のウォンバットを助けに!フィールドワーク始まる!
午後3時ごろ。
この広大な風力発電所を、ウォンバットを探し車で2時間ほどかけて走り回ります。
しかし、走れど走れどウォンバットはいません。
代謝が低く暑いのが苦手なウォンバットたちは基本的に夜の涼しい時間帯に巣穴から出てきて活動します。
タスマニアのような比較的寒い地域では昼間に活動することもありますが、本日は春先の快晴。
この人間にとって最高に過ごしやすい気候はまだウォンバットたちには暑すぎたのです。
やっとの思いでウォンバットを一頭、約100m離れた丘の上に見つけました。
疥癬の症状が見れらたので、大きな虫捕り網のようなネットを持って捕獲へ向かいます。
ターゲットまであと20m。
4人で息を潜め、忍び足で囲い込んでいきます。
ウォンバットの視覚はあまり優れておらず、止まっているものをうまく認識できません。
その代わりに鼻はとても効きます。
彼らの風上に立てばたちまち僕らの存在に気付き、あっという間に逃げてしまいます。
狙いのウォンバットが草を食べています。これはこちらに気付いていない証拠です。
その隙にググッと距離を詰め、異常を感じてウォンバットが頭を上げた瞬間に僕らの動きはピタッと止まります。
これは完全にだるまさんがころんだです。
日本人の誰もが幼少期に経験したあの伝統的な遊びが今こうして僕の研究に、ウォンバットの保全に役立っています。
そしてターゲットまで5m程になった瞬間に4人で一気に飛びかかります!
「クソ!速い!」
ウォンバットは素早いターンをキメ、僕らの隙間を抜けて逃げようとします。
「そうはさせるか!」
僕も負けじと20年間サッカーで鍛えた足腰を使い、その急ターンについていきます。
しかし、標的は僕らをかわし、森の中へ逃げようと猛ダッシュします。
僕は50m走6秒前半(高校生時)の快速を活かし、必死に後を追いかけます。
走っていて気付いたのですが、あんなに平坦に見えた草原も実はボコボコ。
小さな丘がたくさんあるような地形でまともに走れません。
そうしているうちに派手にコケてしまい獲物を取り逃しました。
「アイツら、速い…」
このあと夕方になり気温が少し下がったところで数頭のウォンバットを目撃し、捕獲を試みましたがどれも失敗。
ウォンバット捕獲は思っていた以上に困難でした。
一旦宿に帰り、晩御飯を食べてからリベンジすることに。
晩御飯はタコスでした。美味かった〜!(切り替え早)
夜8時ごろ。
8時といってもサマータイム中のタスマニア。
日没は9時過ぎなので、まだまだ明るいです。
日本の夕方5時って感じです。
少し暗くなった草原を昼間と同じように車で爆走していきます。
「Mange!(疥癬!)」
メンバーの1人が叫びました。
全員車から飛び降り、有刺鉄線を跨いで新たなターゲットへとゆっくりと着実に忍び寄ります。
毛は抜け、皮膚はただれて大きく腫れています。
この旅で見た一番の重症個体です。
別の2人が後ろから僕らの方へ追い込む作戦にしました。
僕は息を潜め、向こうのサインを待ちながら、ウォンバットがこちらに来る瞬間に備えます。
背後の2人の存在に気付いたウォンバットがものすごい勢いでこちらに走ってきます。
その迫力に恐怖さえ感じながらも近付いてくるのをじっと待ちます。
「ガバっ!!」
ネットと麻袋でウォンバットを押さえ込みます、そして逃げらないように馬乗りになり、素早く頭を布で覆って視界を遮ります。
「うぉお、すごい力だ…!」
男2人が吹っ飛ばされそうなパワーでウォンバットは逃げようとします。
僕が馬乗りになってウォンバットを押さえ込んでいる隙に、1人がそのウォンバットに麻酔を打ちます。
すると30秒ほどでウォンバットは寝息を立て始めました。
野生のウォンバット久しぶりに触ったんだけど、やっぱり飼育個体にとは全然違う。
全体的にガチガチに硬くて、筋肉質。
野生で生きる厳しさを感じました。
ブラベクトを肩甲骨の間に投薬し、耳にタグを付けます。
緑のタグは「治療済み」のしるし。
これで経過が観察できます。
眠っているウォンバットをよく見ると、大きなお腹をしていました。
そう、袋の中に子供がいたのです。
このプロジェクトでは動物たちのストレスを最小限に抑えるために、子供のいる個体は投薬後すぐにリリースしなければならないというルールがあります。
普段であれば、体重、血液、そしてダニのサンプルなど、様々なデータを取りますが、今回はそれは行われず。
大型ペット用のケージにウォンバットを入れ、麻酔から覚醒するまでの数時間の安全を確保します。
結果的のこのフィールドワークではこれが唯一捕獲できた個体となりました。
2日目の夜は夜中の草原でスポットライト調査。
ウォンバットの個体数と疥癬の蔓延率を調べるためのものです。
寒空の下、車の窓を開けてスポットライトで草原の中をウォンバットを探して爆走します。
寒い…
3時間の調査で、120頭以上のウォンバットを確認しました。
そううち感染個体は8頭ほど。
この個体群の感染率は5〜10%というデータが出ており、まだ感染爆発は起きていないようでした。
思ったんですが、近くで見て触るのもいいけど、やっぱり野生動物ってのは探して探してやっと見つけたものを遠くから観察する方が逆に迫力あるなぁと、そんなふうに思いました。
こうして、僕のフィールドワークは終了したのでした。
- まとめ
この旅の最大の目的であったダニのサンプルを採取は叶わなかったものの、普段ラボに篭ってウォンバットから採取したダニのDNAを眺めている僕にとって久しぶりにフィールドに出て、実際の動物たちを見ることはとても刺激になり、本当に多くのことを学ぶことができました。
そして、ウォンバットたちを疥癬から救うべく、更なる情熱と努力を自分のプロジェクトへ注ぐモチベーションとなったのであります。
あと、タスマニア大学時代に僕をウォンバット研究の世界に誘ってくれた元ボスともこうして今も一緒に働けているのも嬉しいですね。
いや本当にいいフィールドトリップだった!
というわけで、これからも頑張っていくので皆さん応援オネシャス!!
ウォンバット疥癬から考える保全の難しさ
論文とか実験とかサッカーとかで忙しくて(言い訳)、かなり放置しておりましたこちらのブログですが、久しぶりに書きたいなと思うことが浮かんだので書きます!
ひよっこ研究者の僕もなんやかんやでウォンバット疥癬の研究にもう数年携わってきました。(ピヨピヨ)
研究自体の難しさもそうなんですが、やっぱり特に「保全」という物の難しさを最近はヒシヒシと痛感しております。
ウォンバット疥癬の場合の保全のゴールというのは「ウォンバットたちを疥癬という感染症から救い、彼らを守っていく活動」のことでございます。
でも研究を進めていくにつれて、この問題は良くも悪くも多くの人たちの思いや考えが交錯しあい、それによってゴールへの遠回りになってしまっているなぁという印象があります。
ってなわけで、「ウォンバット疥癬から考える保全の難しさ」これが本記事のテーマでございます!
マニアックな内容だけど楽しんでもらえたら嬉しい!
- ウォンバット保全の現状
現在、ウォンバット保全のほとんどはボランティアのケアラーさんを主体にした非営利団体によって行われています。
ケアラー(Wildlife Carer)というのは野生動物を一時的に自宅で保護し、野生に復帰するまでまたは保護施設に引き取ってもらうまで面倒を見ることです。
ウォンバットで言えば、一番メジャーなのが交通事故により死んだ母親の袋の中で奇跡的に生きている状態で見つかった子供を引き取り一定期間育てるというもの。
獣医さんによる健康状態のチェック、昼夜問わない数時間おきの授乳、ありとあらゆる家具を破壊する野生動物のパワーなど、決して簡単ではない仕事です。
次にメジャーなのが、疥癬に感染したウォンバットの治療です。
保護せずに治療すると近辺に生息する他の個体も感染させてしまったり、完治に必要な回数の投薬をできなかったりなど、さまざまなリスクと困難が発生します。
それなら、一定期間完全に保護し、完治するまでしっかり治療しようということです。
これも非常に大変で、自分や家族やペットが疥癬に感染しないようにしっかりとした感染対策が必要になります。
そのため専門家のアドバイスに沿った薬物の知識や感染症の知識も必要になります。
例えば、ウォンバットを保護する部屋はその個体専用にする、その個体と接触した衣服はしっかり殺菌、消毒、洗濯をするなど。
また、感染個体は引っ掻き傷から二次感染の可能性もあるので抗生剤なども必要になります。
wombat-suki-life.hatenablog.com
僕が研究でもとってもお世話になっているNPO団体がビクトリア州のMange Management Inc.とCeder Creek Wombat Hospitalです。
こちらの代表の方達は本業で別の仕事をしながら疥癬に苦しむウォンバットの治療、地域のケアラーさんたちやコミュニティの教育、そして治療器具や薬の提供などを行っています。
エネルギーすごすぎます。
この二つの団体はタスマニア大学とサンシャインコースト大学のウォンバット研究プロジェクトに携わり協力しあってウォンバットの保全に日々勤めております。
このように知識と経験のある人たちが中心となって、地域を巻き込んだウォンバットの治療プログラムこそが、現在のウォンバット保全の現状そして根幹となっているわけです。
いくら僕ら研究者が頑張っても、彼らなしではウォンバットの保全はなし得ないのです。
2.「ウォンバットを守りたい!」その強い想いが裏目に…
幸いなことにオーストラリアでは「ウォンバットをこの恐ろしい感染症から救いたい」と強く思ってくれる人がたくさんいます。
しかし、残念ながらそれがいい方向に作用していないケースもあります。
今僕が問題視しているのが、認可されていない薬を使ったり、認可されている投薬量の何倍もの濃度でウォンバットの疥癬を治療している人たち、または保全団体です。
2021年9月時点ではサイデクチンという牛などの家畜に使用される抗寄生虫薬のみがウォンバット疥癬の治療薬として認可されています。
投薬量もウォンバット一頭に20mL を3〜4回までと厳しく定められています。
しかし、一部のケアラーの間で「この治療法では野生のウォンバットの疥癬の完治は不可能で実際は数倍から数十倍の量が必要」という情報が出回っていることが分かりました。
調査によると、最大で100倍もの量を32回も同個体に投薬したケースも報告されました。
サイデクチンの過剰摂取/投与には主に3つ問題があります。
- 神経毒性
イベルメクチンやサイデクチンなどの抗寄生虫薬はダニ、ノミ、線虫などの寄生虫の中枢神経のある部分に作用し、体の一部を機能不全に陥れ麻痺を引き起こし殺します。その「ある部分」は無脊椎動物にしか存在せず、人間を含めた哺乳類の中枢神経には作用しないため安全という仕組みです。
しかし、この薬が過剰に僕らの体内に入ると、解毒酵素などのシステムなども突破し、脳神経まで到達してしまうことがあります。
そしてそれが脳に蓄積されると、神経系の障害を起こし、吐き気、下痢、脳卒中、運動失調症、最悪の場合死ぬこともあります。
過去にも事故で多量のイベルメクチンを摂取してしまった犬が神経障害になり意識不明の重体になったケースも報告されており、動物たちを守る上で素晴らしい薬である一方、用法用量に注意が必要な薬なのです。
また近年ではコロナウイルスの治療薬としてイベルメクチンが効くというデマが流れ、それを摂取した人が病院に運ばれたというニュースも出ていましたね。
つまり何が言いたいかと言うと、同じリスクがウォンバットの疥癬治療にも存在するというわけです。
科学的根拠なしに、闇雲に投薬すればどうなるのか。
そのウォンバットは疥癬で死んだのか、薬の過剰接種で死んだのか、残念ながらそういったことを調査する必要も出てきてしまいます。
- 環境汚染
ウォンバットにおいて、このような抗寄生虫薬は肩甲骨の間に液体を垂らして投与するスポットオンタイプです。
このタイプを口から摂取してしまうと副作用を起こすことがあり、動物たちの手や舌が届かない場所に投薬することで、それを防げるのです。
しかし、例えばもし過剰な量の薬が野生のウォンバットに投薬されて、それがその地域の川などに流れ出したらどうなるでしょう。
そこにいた魚などの生物、その水を飲んだ野生動物または牛などの家畜たちがそれを経口摂取してしまうことになります。
そうなれば、もちろん間接的に薬を摂取した生物たちの健康状態にも影響するかもしれないし、その薬の成分を含んだ家畜の肉を人間が食べることになるかもしれないのです。
- 抗寄生虫薬への抗体
このような薬の過剰使用や誤用は寄生虫たちの突然変異を促し、抗寄生虫薬への抗体の獲得へと繋がることが分かっています。
つまりその薬では抗体を得た寄生虫たちを殺せず、患者・患畜を治療できないと言うことなのです。
このような現象は世界各地で疥癬ダニを初め、ヒトジラミやノミなど様々な寄生虫で報告されており、結果的に別の薬で対処しなければならにという事態になります。
前述した「最大で100倍もの量を32回も同個体のウォンバットに投薬したケース」は確実に過剰投与に当てはまり、もしこれが日常的に行われていた場合、その地域の疥癬ダニにサイデクチンは効かなくなり、ウォンバット疥癬の撲滅は別の薬を使わない限り不可能になります。
3.まとめ
このように様々なリスクを伴う抗寄生虫薬の過剰投与と摂取。
悲しいのが、このような危険な行為をしている人たちも「ウォンバットを守りたい!」という一心で必死に治療に取り組んでおり、いくら専門家が一生懸命研究をしても、彼らの助け無しではこの感染症の撲滅は不可能なのです。
しかし、こういった一部のケアラーさんや保全団体の力が強すぎるため、本来協力しあうべき僕ら専門家の意見が「科学者の言うことなんて!」となかなか聞き入れてもらえないこともあります。
これって昨今のコロナ禍とも少し似ていて、疫病を乗り越えみんな元通り平和に暮らしたいっていう願いは同じなのに、デマが流れたり科学的に正しくない治療法を勧める人がいたり。
できるだけ協力し合ってそのゴールへと向かっていくべきにも関わらず。
こういった場合に研究者ができることって、今どんな研究が行われていてどんな効果があるか、どんなリスクがあるかを発信して多くの人に理解してもらえるよう努める事だと思うんです。
つまり、ウォンバット疥癬の治療においては、多くのケアラーさんや地域の人たちと手を取り合ってウォンバットを守るというゴールを達成するために、専門家からの発信と教育がカギになっていくのかなと思っております。
いわゆるサイエンスコミュニケーションと呼ばれるヤツです。
と言うわけで、ウォンバット疥癬から考える保全の難しさ、読んでくれてありがとうございました。
最後に、ウォンバット保全に全力を尽くしてくれている保全団体のリンクを貼っておきますので良かったら見てみてね!
もし、その活動に協力したいと思ってくれた人は寄付してあげてください。
安心してください、間違っても僕のポケットには一銭も入らないので!(笑)
お薬は用法用量を守って飲んでね!
では!
www.cedarcreekwombatrescue.com
ウォンバット疥癬への新治療薬ブラベクト!最新研究をビシッと解説!
さて、先月にようやくパブリッシュされました僕がタスマニアで携わってきたプロジェクトの論文、
Fluralaner as a novel treatment for sarcoptic mange in the bare-nosed wombat (Vombatus ursinus): safety, pharmacokinetics, efficacy and practicable use
「いやいきなり『さて!』とか言われても…(困惑)」
ってなってる人、大丈夫ですちゃんと説明します!
このタイトルをざっくり日本語に訳すと、
「ウォンバット疥癬への新治療薬Fluralaner(ブラベクト)の安全性、薬物動態学、効果、そして実践的な使用」
だいたいこんな感じです。
本記事では、この論文をビシッと解説していこうと、そういった内容でございます。
たぶん長くなるので暇すぎて大して食べたくもないお菓子をボリボリと食べちゃってる時にでも読んでください。
目次
1. ウォンバット疥癬とは?
2. 新治療薬ブラベクトってウォンバットにとって安全なの?
3. それでその薬、疥癬にちゃんと効くんでしょうねェ?
4. まとめ
といった感じで進めていくのでもし分かりづらい箇所とかがあれば、コメントでもTwitterでもメールでもいいのでまた聞いてください!
1.ウォンバット疥癬とは?
オーストラリアにいるズングリムックリの可愛い動物ウォンバット。
しかしこのウォンバット、今大変な病気に苦しんでいるんです。
Sarcoptic mange、和名:疥癬(かいせん)
―ヒゼンダニ(Sarcoptes scabiei)により引き起こされる感染症。
感染した個体は強烈な痒み、皮膚の過角化(乾燥しひび割れそして厚くなる)、そしてひっかき傷からの第二感染症などに襲われる。
また、ウォンバットの場合、皮膚の過角化は目の周辺にも起きやすく、その場合は視力を奪われエサや水を見つけることができず多くの場合は死ぬ。
この疥癬という病気、現在までに人間を含めた100種類以上の哺乳類で報告されています。しかし、その中でも特に一番大きな影響を受けているのがこのヒメウォンバットだと言われています。
しかしなぜ、ウォンバットにだけ被害が大きいのか?
ヒゼンダニはある気温や湿度などの条件が揃った環境では宿主無しで2-3週間生きることができると言われています。そしてウォンバットの巣穴はまさにその「条件の揃った環境」であると考えられます。特に大量の草が敷き詰められている寝室は湿度も保たれておりダニにとって非常に過ごしやすい環境でしょう。
そしてもうひとつの原因はウォンバットの「巣穴を共有する」という習性にあります。ウォンバットの縄張り意識はそこまで強くなく、他の個体が掘った巣穴を使うことがよくあります。
つまり、感染した個体が使用した巣穴にはヒゼンダニが住み付き、その巣穴を健康な個体が使用することで感染が広がるといった仕組みです。
きっとここまで読んでくれた人たちの多くは思ったでしょう。
「治療薬はないのか?」と。
もちろんあります!
サイデクチンという薬は、オーストラリアでウォンバットの疥癬を治療するのに最もメジャーな寄生虫駆除薬であり、現在国内でウォンバットへの使用が認可されている唯一の薬です。
なんとこの薬一回投与すると効き目が1週間持続し、あっという間にダニを駆除してくれるすごい薬なんです。
よぉーし!それじゃあ、疥癬で苦しんでいる野生のウォンバットたちをすぐに治療しに行こう!!ってなりますよね?
それがねぇ、そうもいかないんですよォ。。。
この薬の効果持続期間は1週間。
ヒゼンダニが宿主無しで生き延びられるのが2∼3週間。
分かりますね?
感染したウォンバットには複数回繰り返しこの薬を投与しない限り、ウォンバットの身体そして巣穴からダニたちを完全に駆除することはできないのです。
そして、野生の環境では同じ個体に複数回都合よく出会い、そして個体群の全個体に確実に薬を投与するのはほぼ。。。
不可能。
これが現状です。悲しいですが。
この打開策として、タイトルで登場した「ブラベクト」という別の薬の使用が現在は検討されています。
このブラベクトは一回の投与で効果が3か月持続することがイヌやネコで実証されています。
マジで希望の光です。
というわけで、ブラベクトのウォンバットへの安全性を確認しよう!というのが僕の研究プロジェクトに相成ったわけでございます!
ウォンバット疥癬について詳しくはこちら
wombat-suki-life.hatenablog.com
2. 新治療薬ブラベクトってウォンバットにとって安全なの?
最近では、コロナのワクチンがニュースで話題になってますね。
「効き目はどうなんだ」とか「副作用は大丈夫なのか」とかね。
このブラベクト、ウォンバットたちにとっても全く新しい未知の薬。
いくら疥癬で苦しんでいるからって、彼らもいろいろと不安でしょう。
というわけで、このプロジェクトの目的を簡単にまとめると
- ブラベクトのウォンバットへの安全性の確認と薬物動態の調査
です。
薬物動態っていうのは、投薬されてからどれぐらいの量の薬がちゃんと動物の体内に吸収されたか、また体外に排出するのにはどれぐらいの時間が掛かるかなどを調べる実験です。
これは動物の種類や薬によって代謝速度や薬の分解のされ方に違いがあるため、その薬がその動物の体内でどれだけ効果を持続するかを見るのに非常に大事な調査なんですねぇ。
なので、薬の血中濃度の変化を調べるためにも定期的に採血をします。
安全性の確認方法としては、健康なウォンバットにブラベクトを一度だけ投薬。
体重・行動・血液検査を投薬前と投薬後の3か月間定期的に記録し、その実験期間中にウォンバットの健康状態に変化がなければブラベクトは彼らにとって安全ということになります。
実験の流れとしては、
‐ブラベクトを一度だけ投与する。
‐投与量は25mg/kg(犬の標準量)or85mg/kg(安全と思われる高投薬量)
‐薬物動態調査と血液検査のために採血する。(3回/週→1回/週→2週間に1回:3か月間)
‐体重測定と行動観察を採血と同頻度で行う。(ウォンバットの健康状態のチェックのため)
そしてそして、
結果発表――ッ!!!!
まずは実験期間中のウォンバットの健康状態から!
ブラベクトを投薬前と後の3か月間、どちらの投薬量の個体にも行動と血液検査の結果にほぼ変化が見られず、ビシッと健康でいてくれたことが分かりました!
特に体重に関してはどのウォンバットも増加傾向にあり、まだまだすくすくと成長していました(笑)
薬物動態調査の結果も非常にポジティブなものでした。
分析の結果、ブラベクトはウォンバットの体内の吸収されてから、25mg/kgであれば40日、85mg/kgではなんと160日以上効果が持続することが分かりました。
つまり、1週間のみの持続期間のせいで複数回投与が求められるサイデクチンよりも、ブラベクトは一回の投薬のみで野生のウォンバットに発生する疥癬を効果的に治療し予防できるという結論に達したわけなのです。
素晴らしいッ!!
というわけで、ブラベクトはウォンバットにとって安全かつ、非常に長い効果持続期間のある、疥癬治療の希望の星となる結果を示したのでした。
僕がタスマニア大でした研究について詳しくはこちら
wombat-suki-life.hatenablog.com
3. それでその薬、疥癬にちゃんと効くんでしょうねェ?
さて、薬の安全性が確認された今、気になってくるのが本当にその薬が効くのかというところです。
この実験では、シドニーのあるニューサウスウェールズ州のHunter Valleyという場所で捕獲された疥癬に感染した3頭の野生のウォンバットをCedar Creek Wombat Rescueで保護し25mg/kgのブラベクトで治療しました。
症状の重症度は以下の図を使って疥癬スコアとして記録され、治療前のそれぞれの疥癬スコアは、1 (ウォン1)、1.57 (ウォン2) 、2.09 (ウォン3)となっており、全て軽度の疥癬に感染していることが分かりました。
ブラベクトが投薬されるとすぐに効果が見られ、なんと投薬3週間後までにウォン1とウォン2の疥癬スコアが0になり、ウォン3のスコアは0.37まで落ちるという急速な回復が見られました。
その翌週にはウォン3もしっかり疥癬スコア0を記録し、「完治」となったわけでございます。
そして15週間にも及ぶこの実験期間中、一度も疥癬を再発することはありませんでした。
素晴らしいッ!!
この実験によって、犬の標準投薬量のブラベクトは疥癬に感染したウォンバットに素早い効果を発揮し、それは3ヶ月以上持続するということが証明されたわけでございます!
4. まとめ
さぁ、長々と解説してまいりましたこちらの記事もまとめです。
みなさん、お疲れ様です。
この論文の重要ポイントをまとめると
- ブラベクトはウォンバットにとって安全
- ブラベクトはウォンバット疥癬に効果的
- 従来の薬のサイデクチンよりも長い効果持続期間があり、一回の投薬で疥癬を治療できる
となると思います。
(ウォンバット勢歓喜。。。!!)
しかし、
「さぁ!では早速この薬を持ってウォンバットを助けに行こう!」
とはならないのです。
まだまだこのプロジェクトでは調べられなかったことがいくつかあるんですね。
- サンプル数が少ない
今回ブラベクトの安全確認に使われたのは7頭、効果の実証に使われたのが3頭です。
より確実な安全性と効果を確認するには子供をもっと含めた多くの年齢層の個体、妊娠中の個体、そしてオスとメスの比較など、まだまだ必要なデータがたくさんあるのです。
そしてもうひとつ大切なのが、今回治療されたウォンバットは全て軽度の疥癬に感染していたという点です。
ただでさえ衰弱している重症個体にもブラベクトが同じような効果を発揮するのか、これは非常に大事なデータとなるでしょう。
このようにまだ課題の残るウォンバット疥癬撲滅作戦。
しかしこの研究が示したブラベクトの安全性と効果は、疥癬に苦しむ彼らを救う未来への大きな一歩と言えます。
最後にこのプロジェクトに協力してくれたBonorong Wildlife SanctuaryとCedar Creek Wombat Rescue and Hospital Inc.のウェブサイトのリンクを載せておきます。
もし「ウォンバットたちのために自分に何かできることはないかな」と思ってくれている方がいたらぜひ募金してあげてください。
Bonotong Wildlife Sanctuary (593 Briggs Rd, Brighton TAS 7030)
Cedar Creek Wombat Rescue and Hospital Inc. (PO Box 538, Cessnock, NSW 2325)
www.cedarcreekwombatrescue.com
読んでくれてありがとう。
またお会いしましょう。
3種類のウォンバット!珍獣の中の珍獣の謎に迫る!
オーストラリアに住んでおりますズングリムックリな有袋類ウォンバット。
同じ有袋類のコアラやカンガルーに比べて若干知名度の下がるこの珍獣も、最近はテレビなどで特集されたりして知ってる人が増えてきたかなと感じております。
そんなじわじわとキテいるウォンバットですが、3種類もいるってご存知でした?
はい、そのとおりです。
これが本記事のテーマでございます!
タイトルは
3種類のウォンバット!珍獣の中の珍獣の謎に迫る!
です!
目次
1.3種類のウォンバット
2.ヒメウォンバット
3.ミナミケバナウォンバット
4.キタケバナウォンバット
5.大事なメッセージ
1.3種類のウォンバット
それではご紹介させていただきましょう!
ドンッ!
上から順番に、ヒメウォンバット (Common wombat)、ミナミケバナウォンバット (Southern hairy-nosed wombat)、キタケバナウォンバット (Northern hairy-nosed wombat)でございます!
さぁ、皆さんがお会いしたことのあるウォンバットはどれかなァ?
御覧の通り見た目は結構バラバラ。
その名の通り、ケバナウォンバットは鼻が毛で覆われているのに対し、ヒメウォンバットはイヌのように鼻に毛は生えておらずBare-nosed wombat(むき出しの鼻)とも呼ばれております。
大きさはだいたい、ヒメウォンバットは35㎏、ミナミケバナウォンバットは26㎏、そしてキタケバナウォンバットは40㎏になります。
みんなデカい(笑)
生息地も皆さん割とバラバラ。
ヒメウォンバットはメルボルンのあるビクトリア州からシドニーのあるニューサウスウェールズ州、そしてタスマニア州と広―く分布しているのに対し、ミナミケバナウォンバットの生息地はアデレードのある南オーストラリア州の限られた地域に点在しているのみです。
キタケバナウォンバットに限っては2つの小さな個体群がクイーンズランド州に残っているのみで、絶滅が危惧されております。
そんな彼らの特徴をね、ビシッと個別におさらいしていこうと思います!
2.ヒメウォンバット (Common wombat: Vombatus ursinus)
きっと一番馴染みのある種類がこのヒメウォンバットではないでしょうか。
体調は約1m、体重は30㎏以上。
身体を固い毛皮で覆われており、その色は銀、黒、茶色と様々。
草原、森林、雪山、浜辺と多くの環境に非常にうまく適応し、がんばって生きていらっしゃいます。
オーストラリアで「野生のウォンバットが見てみたい!」という方は
‐NSW州 Kangaroo Valley
‐Vic州 Wilsons Promontory National Park
‐Tas州 Maria Island National Park &Lake St. Clair National Park
ここらへんに行けば恐らくほぼ確実に見られると思います。
「でもォ、オーストラリアに行かないと見られないんでしょう?」
と思ったそこのあなた。
ご安心ください。
日本では長野県の茶臼山動物園と大阪府の五月山動物園で合計6頭が飼育されております。
あ、ちなみに僕の研究で扱っているのもこの種類です。
「一般的」という意味の「Common」が付けられていますが、開発による生息地の減少や交通事故や疥癬(かいせん)という病気の流行で減少している個体群もあるため、近年は「むき出しの鼻」という「Bare-nosed wombat」という名前を定着させようと僕ら専門家は努めております。
そうすることでヒメウォンバットは「どこにでもいる一般的な動物」という世間の印象を変えられるかもしれないからです。
ヒメウォンバットについては過去記事で引かれるほどに語りまくっているのでぜひ読んでみてください。
wombat-suki-life.hatenablog.com
3. ミナミケバナウォンバット (Southern hairy-nosed wombat: Lasiorhinus latifrons)
3種類の中で一番小さいミナミケバナウォンバット。
その名の通り、オーストラリア南部の南オーストラリア州の乾燥地帯に生息していて、鼻が毛で覆われているウォンバットです。
体調は1m弱、体重は平均26㎏ほどで、黒みがかった銀色の柔らかい毛で覆われています。
僕が言うのもあれですが、かなりのブサカワ系の顔をしていらっしゃいます。
僕はまだ野生個体は見たことないのですが、僕の元上司であるタスマニア大学のスコット・カーバー博士が実際にフィールドワークに行った際は「食べ物なんてこれっぽちも無さそうな砂漠に住んでて引いた」と言ってました。
その言葉の通り、子供は乾季を生き延びられず死んでしまう場合がよくあるそうです。
しかし、その土地の乾季を生き残れない子供なら必要ないのです。
子育ては母ウォンバットにとっても重労働。
強い子供を確実に育て自らの遺伝子を後世に残していく、そういった進化を選んだのです。
こちらもヒメウォンバット同様、生息地の減少、交通事故、そして疥癬により個体数の減少が観測されております。
また、家畜やウサギなどの外来種との生存競争も彼らの個体数に大きく影響しているようです。
4.キタケバナウォンバット (Northern hairy-nosed wombat: Lasiorhinus krefftii)
3種の中で最大種のキタケバナウォンバット。
体長1m超、体重は40㎏にも達し、茶色がかった銀色の柔らかい毛皮を持っております。
しつこいようですが、彼らも相当なブサカワ系のお顔でございます。
クイーンズランド州の乾燥した草原でひっそりと暮らしている彼らですが、大変な危機に瀕しているのです。
以前はオーストラリア東部に広く生息していた彼らですが、2003年の調査によると個体数わずか113頭。
数々の保護努力により個体数は若干回復したもの、2016年の記録ではEpping Forest 国立公園に240頭とRichard Underwood自然保護区に10頭が生息しているのみとなっています。
結果として、絶滅危惧種として登録され、地球上で最も珍しい動物のひとつとなってしまいました。
減少の原因は、家畜や外来種との生存競争、野生化したイヌによる捕食、開発と気候変動による生息地減少、山火事による食料の減少などです。
現存するこの2つの個体群を守るために、保護区をフェンスで囲んだり、繁殖方法が研究されたりと、地域と専門家を巻き込んだ計り知れない保護努力が今も行われています。
いかがだったでしょうか!
可愛いウォンバットをたっぷりご紹介しようと書き始めた本記事ですが、人間の活動により数が減少する彼らの悲しい現実をお伝えする形となってしまいました。
しかし、これが現実です。
5.大事なメッセージ
この記事の最後のメッセージとしてひとつ。
オーストラリアに住んでいる人、またはこれから来るかもしれない人に向けてです。
毎年、数多くのウォンバットを含めた動物が交通事故により命を落としています。
もし、道端で倒れている動物を見かけたら、生きていれば「Injured wildlife 地域(Melbourneなど)」と検索し、適切な機関に電話をし指示を受けてください。
もしすでに死んでいた場合は、その動物に「ポケット」があるかを確認してください。
交通事故によりお母さんが命を落としても、ポケットの中の子供は生きていることがよくあります。
なので、できれば手袋をして、ポケットの中を確認してください。
もし、子供がいれば先ほどの「Injured Wildlife」のとこに電話してください。
そして何よりも、動物が活発な朝方や夕方や夜は運転しない。
するんであればゆっくりと。
これだけで多くの動物の命、あなたの車、そしてあなたの命も守ることができるかもしれないのです。
長くなりましたが、最後まで読んでくれてありがとう!
また、お会いしましょう。
タスマニアデビルがオーストラリア本土に復帰!その背景とは!?
タスマニアデビルをオーストラリアの本土の野生環境へ復帰させようという「再導入作戦」が先日インターネットでチラッと話題になっていました。
本記事では僕の動物学の知識を総動員してそのタスマニアデビル本土再導入作戦を分かりやすくビシッと解説していきます!
ん?「何だい?その物騒な名前の動物は」だって?
ご存知ないのなら説明いたしましょう!(知ってる人はさすがです)
タスマニアデビルというのは、オーストラリアはタスマニア島に生息する肉食の有袋類。
大きさは、まぁだいたいパピヨンぐらいですね。
しかし可愛らしいサイズ感に反して動物界でもトップクラスのアゴの強さを持ち、巨大なワラビーやカンガルーの骨までも砕いてしまいます。
とはいえ、基本的には死体を食べて暮らしているので「森の掃除屋さん」とも呼ばれており、バランスのとれた生態系を維持するのにとても重要な役割を果たしております。
あんまり狩りは得意ではありません。目も悪いし、足も遅いし。
性格は獰猛ってよく書かれてますが、実際は結構シャイ。
鼻がとてつもなく効くので(2㎞先の匂いを嗅ぎつけるほど)、人間がいるのが分かるとあっという間に逃げてしまいます。
掃除屋さんでありつつ、恥ずかしがり屋さんでもあるんですねぇ。
そんなデビルちゃんたちですが、オーストラリア本土の野生環境へ復帰させようという話は何年も前からあり、この度まさにその第一歩が踏み出されたというわけでございます。
というわけで、タイトルは、
タスマニアデビルをオーストラリア本土に再導入!その真実とは!?
目次
1. 昔は本土にも住んでました。タスマニアデビルです。
2.タスマニアデビルを襲う更なる試練!
3.タスマニアデビルの本土再導入!その目的とは?
4.満を持してオーストラリア本土へ!しかし問題点も、、、
5.タスマニアデビル、オーストラリア本土再導入の真実。
1.昔は本土にも住んでました。タスマニアデビルです。
現在はタスマニア島のみに生息する彼らですが、化石などから3000年ほど前まではオーストラリア本土にもいらっしゃったことが分かっています。
タスマニア島は約1万2000年前まで本土と陸続きだったので、当時から住んでいた生き物たちは本土と島を自由に行き来できたんですねぇ。
本土での絶滅の原因は諸説ありますが、
―気候変動
―人間からの狩猟
―人間が持ち込んだイヌ(ディンゴ)との生存競争
などが考えられています。
このように本土での絶滅を経て、ディンゴのいない孤島、タスマニア島のみで生き延びたというわけでございます。
2.タスマニアデビルを襲う更なる試練!
本土での数々の試練の末、なんとかタスマニア島でよろしくやっていたデビルたちですが、新たなそして巨大な試練を彼らが襲ったのです。
デビル顔面腫瘍性疾患 (DFTD)
タスマニアデビルに発生する伝染性のガン。
主に繁殖期に見られる「かみつき」による傷口から感染し、口や目の周りを腫瘍に覆われ採食が困難になり、死に至る。
個体密度の高い個体群ではガンが発生してから12~18か月以内にすべての個体が死ぬと考えられています。
1996年に初めてこのガンに感染した個体が発見されて以来、2015年までに全個体数の95%がこの病気が原因で姿を消したとされています。
しかし近年は、健康個体を保護し飼育下で繁殖させたり、無人島へ移入したり、ガンのワクチンを開発したりと、非常に熱心な保護活動により、個体数は少しずつではあるもの回復傾向にあるようです。
3.タスマニアデビルの本土再導入!その目的とは?
現在タスマニア島でのみ生息しているタスマニアデビル。
このタスマニアデビル本土再導入作戦により期待される効果は主に2つ!
1.「保険」としてのガンに感染していない健康な個体群の確立
デビルたちのガンによる絶滅を防ぐために、多くの施設や団体が健康な個体を飼育し繁殖させ、「保険」の個体数を増やしています。
それと同時に大事なのが、「デビルたちの野生本来での行動を維持する」ことなのです。
縄張り内で、他の個体や種などと競争しながら生きていくことは飼育下では学ぶことができません。
なるべく野生に近い環境でエサの見つけ方や危険回避の方法などを学びつつ、他の個体群に移しても生き抜いていける保険個体を育てることはとても大切なのです。
2. オーストラリアの小型哺乳類を守るため
「いやいや、デビルちゃんは肉食でしょ?小型哺乳類は食べられちゃうんじゃないの?」
って思いますよね?
実は、バンディクートやビルビーなどの小型哺乳類の最大の敵は、タスマニアデビルではなく、、、
ネコなんです。
オーストラリアでは外飼いネコや野良ネコの野生動物の被害が甚大で、一匹のネコが一年に殺す動物の数は740にもなると言われており、毎年20億匹ものオーストラリア在来種がネコによって殺されていると研究によって判明しました。
しかし、面白いことにネコはタスマニアデビルがいることを極端に嫌うことが分かっています。
タスマニアデビルが生息する地域では、ネコは夜行性であるデビルと出会わないように夕方などに狩りをするようになり、狩りの成功率が制限されるんです。
タスマニアデビルがネコを狩ることはないのにも関わらずです。
研究結果によると、タスマニアデビルの個体数がネコより多い地域では、小型哺乳類の個体数が多い傾向があるそうです。
デビルちゃんすげぇ!
というわけで、この2つの効果を期待してデビルちゃんたちをオーストラリア本土に再導入しようと相成ったわけでございます。
4.満を持してオーストラリア本土へ!しかし問題点も、、、
「ではではデビルちゃん!本土でもネコに負けずに元気でね!バイビー!」
とはならないのです。
果たしてデビルちゃんたちはいきなり本土の野生環境へ放たれて期待された通り本土でもネコをビビらせ貴重な小型哺乳類たちを救えるのでしょうか?
何かの間違いでその小型哺乳類たちを食べちゃったりしないのでしょうか?
これがね、分からないんです。
「恐らくこうなるだろう」という目測は立てられているものの、3000年の時を超えてオーストラリア本土の地へ降り立ったタスマニアデビルたち。
彼らが現地の生態系へどんな影響を与えるか、それは科学者にもデビル本人たちにとっても未知なのです。
例えば2012年にタスマニアデビルをタスマニアのマライアアイランドへ同じ目的で導入した際は、現地のある海鳥の個体数を激減させてしまったということが起きました。
生態系というのはそれぐらいめちゃくちゃデリケートなバランスでできているのです。
このような再導入による予想外の悪影響はなんとしても防がねばならんのです。
5.タスマニアデビルのオーストラリア本土再導入の真実。
今回タスマニアデビルたちが導入されたバーリントン野生生物保護区。
しかしデビルたちが放たれたのはネコやキツネなどの外来種または危険な植物が一切取り除かれ、柵で囲われたとーーっても大きなケージ。
これはさっき言ったように、3000年振りに本土へ帰ってきたデビルたちの現地生態系への影響が未知数だからなのです。
なのでまずは、タスマニアの森とは違うこの本土の環境で彼らがどのように適応していきどんな生活をするか、それをこの「半野生の環境」で見守っていきましょうやと。
つまり、「タスマニアデビル本土再導入作戦の第一歩」となったのが今回の事象の真相だったのです。
その土地にいなかった生物を新たに導入させること、これは一歩間違えれば生態系全体を破壊しかねない、非常に慎重なステップの求められるものなのでございます。
いがかでしたでしょうか!
タスマニアデビル本土再導入作戦の背景や目的なんとなく分かっていただけたでしょうか。
今回の「半野生環境」への放流は、この作戦の記念すべき第一歩にあたる出来事だったのです。
次のステップとして、ワラビーやフクロネコなどデビルと共に生態系を構成する生物をその大きなケージの中に入れていき、どのように共存していくかを確かめることになります。
そしてこの作戦の最終目的は実際の野生環境へ彼らを放ち、ガン対策のための個体数増加と野良ネコの生態系への影響の減少、この2つを実現していくことなのです。
長くなっちゃったにも関わらず最後まで読んでくれてありがとう!
では、また次回、お会いしましょう。
ウォンバット研究プロジェクト開始から一ヶ月!んで、結局今何してるん?
ウォンバット研究プロジェクトが始まって間もなく一ヶ月が経とうとしています。
気付けばもう九月も終盤。早いですねぇ。
おかげさまで、研究もブログもマイペースながらもボチボチ続いております。
そこで僕はある重要な事に気付いてしまったのです。
「あれェ、オレ研究のこと全然書いて無くね?w」
タイトルで「ウォンバット研究者の~」とか謳っておきながら、これはいけませんねェ!
というわけで本記事のテーマはこちら!!
で、結局今なにしてるん?
です。
なんとも気の抜けたテーマですいません。
でも大丈夫!ちゃんとおもしろい記事になったから!
それではどうぞ!
- 改めて自己紹介
僕が今何をしているかをお話しするにあたって、やはり改めてしっかり自己紹介しておこうかなと思います。
ワタクシ、今年九月よりオーストラリアにあるサンシャインコースト大学という素敵な響きの大学にてウォンバットの病気の研究をしております。
そのウォンバットの病気というのが、
Sarcoptic mange、和名:疥癬(かいせん)
―ヒゼンダニ(Sarcoptes scabiei)により引き起こされる感染症。
感染した個体は強烈な痒み、皮膚の過角化(乾燥しひび割れそして厚くなる)、そしてひっかき傷からの第二感染症などに襲われる。
また、ウォンバットの場合、皮膚の過角化は目の周辺にも起きやすく、その場合は視力を奪われエサや水を見つけることができず多くの場合は死ぬ。
そのウォンバットの病気について詳しくはこちら。
wombat-suki-life.hatenablog.com
このえげつない病気からウォンバットを救うために始まったのが、この僕のプロジェクト!
「Controlling wombat mange by targeting scabies ligand-gated chloride channels」
でございます!
はてェ、「ございます!」とか言われましても。。。
では!内容をザックリ説明いたしましょう。
きっとイヌやネコなどのペットを飼ったことのある方ならご存知かと思いますが、市場にはダニなどからペットを守る寄生虫駆除薬がたくさん出ています。
疥癬はイヌなどのペットから、キツネやクマなどの野生動物、そして僕たち人間を含めた100種類以上の哺乳類で感染が報告されており、それに対して様々な寄生虫駆除薬が使用されています。
しかし、近年になってその薬がダニに効いていないという報告がたまーにされるようになってきました。
その主な原因のひとつとして考えられるのが、
ダニの進化です。
ダニを含めた寄生虫たちは、不適切な薬の使用法(投薬量や頻度)を通して、遺伝子が突然変異を起こし、薬に対する抗体を獲得することがあります。
こうなってくると、ダニの中で抗体のできていない他の薬で駆除するしかないわけです。
ウォンバットに対してもイベルメクチンやサイデクチンという薬が疥癬の治療に使用されています。
ウォンバットの健康に大きな影響を及ぼしているこの病気の原因であるヒゼンダニがどのようにして駆除薬への抗体を得るのか。
そのメカニズムを解明することは、今後使用する薬の種類、投薬量、頻度などを考える上で非常に大切な情報となるのです。
このプロジェクトでは、ダニの遺伝子を解析してみたり、オーストラリア各地のウォンバットからダニのサンプルを採取して比べてみたり、ワクワクなイベントが盛りだくさんです。
皆さんには、このプロジェクトがどのように進んでいくか、はたまたそれがウォンバットの保護にどんな風に貢献できるかをぜひ楽しみにしていただければなと思います。
- んで、結局今は何してるん?
とまぁ、こうして始まった僕のウォンバット研究プロジェクト、なんやかんやでもう一ヶ月が経とうしています。
この一ヶ月、僕が何をしていたか。
それは、、、、
ずーーーーっと論文読んでる。
です!
僕にはボスが二人いまして、
ひとりは神経科学のエキスパート、ロバート・ハービー教授。
もうひとりがヒト疥癬の研究の第一人者、ケイト・マウンゼイ博士。
僕はウォンバット疥癬についてはタスマニア大修士時代から研究してきましたが、寄生虫駆除薬がダニの神経を攻撃する仕組みやヒゼンダニの遺伝子情報などについては全くノータッチでした。
なので、僕の脳ミソをこの分野の最新版にアップデートすべく、毎日ひたすら論文を読み漁り知識を取り入れております。
でも、意外と楽しいッスよ、やっぱり新しいことを知るってのは!
僕が取り入れた知識をここで皆さんと共有して、生物や環境への興味や「へぇ~」って思ってもらうキッカケになったらいいなぁと考えています。
あとちなみに、今僕が住んでるメルボルンはまだまだコロナ第二波による規制真っ只中で、まだサンシャインコーストへ引っ越すことができていません。
早く暖かいとこ行きたいなぁ。
日本はもうすぐ秋ですかね。
皆さん、体調には気を付けて、お元気で。
読んでくれてありがとう!
また次回でお会いできるのを楽しみにしております。