元ウォンバットパラダイスこと某国立公園を6年振りに訪れてみた
真夏のタスマニアからあけましておめでとうございます。
元旦には多くの飲食店が閉まるこの街では、基本的に家族や友人とゆっくりする以外の選択肢がほぼ存在せず、郷に入っては郷に従えということで僕も家でダラダラと過ごしておりました。
しかしその夜、「今夜オーロラが出るかも?」という情報をネットで見かけ、「まぁどうせ見えんだろうけど一応外出てみるかー」と軽い気持ちでできるだけ光害の少ない場所を目指して出かけました。
浜辺に到着し夜空を見上げると、恐怖すら感じるほどの巨大なカーテンが、緑、白、赤、の不気味なグラデーションを揺らがせながら僕らの頭上に覆いかぶさっていました。

そんな新年。
今年はいい年になるよって、新たな一年に歓迎されているみたいだなって思うことにしました。
今年も相変わらず序盤から話が逸れています。
そんな僕はクリスマス休暇を利用し、キャンピングカーをレンタルし、約一週間のタスマニアでのロードトリップに出かけました。
本記事では、その最初の目的地であったタスマニア北部に位置するナラウンタプ国立公園での話をしようと思います。
というのもそこで報告しておきたい発見があったので!
きっとこのブログを長く読んでくれている人はご存知だと思いますが、この国立公園はかつて「ウォンバットパラダイス」と呼ばれるほど多くのウォンバットが生息していました。
しかし、疥癬の流行によりその個体数は激減。
2019年頃には個体群絶滅という悲惨な結末を迎え、ウォンバットはその土地から姿を消しました。
また、ここは学部生だった僕が2016年当時に初めてウォンバット研究に携わり、そこから2018年ごろまでフィールドワークを行った場所でもあります。
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天気は快晴、州都ホバートからは約3時間のドライブです。
途中Oatlandsという小さな村のカフェに立ち寄り、昼食を摂りました。
僕が注文したのはハルーミチーズとグリル野菜のベジタリアンサンドイッチ。
ハルーミチーズは、キュキュッとした食感が特徴の焼いても溶けない不思議なチーズ。
表面を軽く焦がした厚切りのハルーミチーズの塩味とカボチャやナスなどの焼き野菜の甘み、それに加えマヨネーズソースの優しい酸味。
パンもふわふわで最高でした。
あまりに美味しくてロードトリップ最終日ホバートへ帰ってくる際もわざわざ遠回りしてこのカフェへ寄ったぐらいです。

タスマニアの魅力ポイントのひとつがどんなに小さな村にも素敵なカフェやベーカリーが必ずあり、どこも美味しいコーヒーとごはんを出しているところ。
このカフェがそのひとつだったのです。
そこからはひたすら広大な放牧地が広がる景色の中のハイウェイドライブ。
放牧されている牛や羊たちを眺めながら、オーストラリア国内のみならず日本を含めた海外の食卓や経済を支える彼らに思いを馳せたり、土地が放牧地や農地として開墾される前に広がっていたであろう森林を想像したりしました。

道中にキャンプでの食材の買い出しなどをして、国立公園に到着したのは午後6時近くでした。
しかしここは真夏のタスマニア。
日没は午後9時ごろ。10時近くまでは完全に暗くなりません。
到着した時も体感午後3時という感じでした。
気温は20℃を少し下回るぐらい。
オーストラリア本土とタスマニア島を隔てるバスストレイトの海から流れ来る風が美しい平原を揺らしています。
その平原にできた水たまりは澄んだ青空を反射しています。



そこで静かに草をはむ、オレンジ色の太陽に照らされた野生動物たち。
Forester Kangarooは本土に生息するオオカンガルー(Eastern Grey Kangaroo)のタスマニア亜種です。
そのまわりには彼らより二回りほど小さいBennett’s Wallaby。
こちらは本土のRed-necked Wallaby のタスマニア亜種。
そして大きな群れをなして一緒に食事をしているのがTasmanian Pademelon。
このように一万年以上本土から隔離されているタスマニア島には、多くの固有種が生息しています。
ただでさえ観光客の少ないこの国立公園。
人間の影響が非常に限定的なこの環境で、野生動物たちがこうしてのびのびと彼ららしく生きている姿がめちゃくちゃ感動的です。
ここの動物たちは、人間が少し近づくとこちらを警戒し逃げようとするものがほとんどです。
写真を撮るのは難しくなってしまうけど、それだけ彼らは人馴れしておらず、人間を敵とみなしている。でもそれがいい、そう思ってしまいます。
彼らから少し離れた場所で、彼らと同じ風を受けながらぼーっと立っている。しばらくそうしていると彼らもこちらを気にせず食事を再開します。
それが楽しい。それぐらい本当に素敵なところです。
夜には空を覆いつくす星の下、夕食に焼き鮭と味噌汁を食べました。
急に日本(笑)
翌日は朝から少し散策します。
国立公園北部に広がる巨大なビーチBakers Beachや、水辺に生息する野鳥たちを観察するために建てられた小屋Bird Hideで大自然を堪能しました。


そしてそのあとは、キャンプ地から西側の草原に足を運びました。
そここそが8年前に僕がフィールドワークで訪れたまさにその場所です。
深夜に月明りと懐中電灯の光を頼りに動物たちの足音に怯えながら歩いたあのときのままです。
当時はウォンバットの巣穴がそこら中に空いていて、足元を照らしながらでないと危険だったのを覚えています。
地面をよく見ると、巣穴の跡のような窪みが点在していることに気付きました。
長い間誰にも使われず、雨風と土砂により埋められた巣穴の入り口を見て少し悲しい気持ちになりました。

100mほど先にカンガルーの群れがおり、こちらを警戒しています。
地面には彼らのものと思われるフンが踏みつけずに歩くのが不可能なぐらいたくさん落ちています。

ん?
あれ、このフンなんか四角くね?
カンガルーのフンにしてはデカいよね?
おぉ?よく見たら結構落ちてる。
しかも新しそう!


四角いフンをするオーストラリアの動物。
そう、ウォンバットしかいません。
なんと、2024年のタスマニア政府による調査の結果、個体数はまだ少ないものの、ウォンバットがここナラウンタプに生息していることが判明しました。
帰ってきているのです!
2019年頃の個体群絶滅から5年の時を超え、帰ってきたのです。(伝わる?この興奮)
実はウォンバットの個体数自体はタスマニアでは増加傾向にあることが分かっています。
とはいえ、ナラウンタプは農地に囲まれ、他のウォンバット生息地からは比較的隔離された場所。
ここにたどり着いた個体は、長い距離を移動してきた可能性があります。
また、カンガルーを含めた草食動物たちはウォンバットが好む柔らかい草の新芽や栄養価の高い植物を食べる傾向があります。
つまりそれは、食べ物や生息地をめぐっての競争を意味します。
実際に、ナラウンタプでウォンバットが減少したのと同時にカンガルーの個体数が増加したと報告している論文もあります。
よって、ウォンバットたちがここで定着し、他の個体群と同じように増加していくかは現時点では分かりません。
しかし、彼らが今ここにいるのは紛れもない事実であり、健康で元気なウォンバットたちがさらに増え、この土地が再びウォンバットパラダイスと呼ばれる日が来ることを願わずにはいられなかったのです。
というわけで、ナラウンタプ国立公園にウォンバットが戻ってきていることを報告したかった、というブログでした。
日本のウォンバットファンの方たちの中にはウォンバットパラダイスだった当時のナラウンタプを訪れたことのある方もいると存じています。
なので、これは報告しなくては!と筆を執った次第でございます。
以上、長々と書いてしまいましたが、ナラウンタプ国立公園とウォンバットの帰還報告の会でした。
ご拝読ありがとうございました。
ではでは、また。
2024年 雑まとめ
あんなに寒かった冬もいつの間にか過ぎ去り、12月に入るとホバート特有の乾いた風と肌を刺すような強い日差しが訪れ、20℃を超える"夏日"が増えてまいりました。
街では、サンタ帽やトナカイの角を付けた人々の姿が目立ち始め、すっかりクリスマスムードが漂いまくる季節です。
僕はというと昨日20日になんとか仕事納めを達成し、友達とビールを飲んだりピザを食べたりして約2週間の休暇の始まりを祝いました。
というわけで、まだ2024年も10日ほど残っていますが、早々に一年の振り返りをしていこうと思った次第でございます。
この記事は、誰かに読んでほしい!というよりは、「日記的なテンションで一応書いとくかぁ」とふと思い立ちダラダラと筆を執ったものなので、もしあんまり面白くなかったらごめんなさい笑

ひとつめのハイライトとしてはやはり、約3年半にも及んだ博士課程を無事に終えられたことかなと思います。
それについては前記事で多少喋っているので良かったら読んでやってください。
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今思うとファイナルプレゼンを終えたときが最も大きな達成感と安堵感に包まれた瞬間だったかなと思います。
そのあとは、「ファイナルプレゼン終了おめでとう!」から始まり、「博士論文提出おめでとう!」、「博士論文査読終了おめでとう!」、「博士号取得おめでとう!」など、おめでとうのステージが多すぎて、「一体いつが本当の修了なんだ…」と困惑していたらヌルっと終わってしまったので、もう少し嚙み締めれば良かったなと小さな後悔をしています。
ただまぁ、振り返るのも嫌なぐらいしんどい時もあったのでそんなふうに実感なく終わるぐらいがいいのかもとも思ったりもしました。
でも、そんな自分を支えてくれた多くの人たちと、研究に協力してくれたウォンバットたちには、心の底から最大限のありがとうを伝えたいです。
もうひとつのハイライトは、僕の第二の故郷、タスマニアはホバートに戻り働けたことです。
幸運なことに、僕が博士課程修了前に「なんか仕事ない?」と友人に連絡したタイミングで、彼はちょうど大型研究費をゲットしたところで、「それなら一緒に働こうよ」と言ってくれた結果、僕のタスマニア就職が決定したというわけです。
この分野は特に就職口の少ない分野でもあり、博士を取っても数か月間を就活に要する人も僕の周りには少なくありません。
なので正直契約書にサインするまで結構ドキドキしました。
タスマニアではデビル顔面腫瘍という非常にエキサイティングな研究に携わることができ、本当に多くのことを学びました。

研究自体は、主に新しい技術を使いこなすために七転八倒の日々でした。
いやぁ、詳細は割愛しますがめちゃくちゃストレス溜まりましたねぇ。
なのであまりまだデータを出せてません…笑
でも、彼と研究に関して「あーでもないこーでもない」と一緒に頭を悩ませたり、他のグループの人と協力して問題解決を図ったりと、こういうチームプレーは大好きなので大きなやりがいを感じながら働くことができました。
とはいえ、来年こそはこの研究でいい結果が出せるように頑張ります。
あと、このプロジェクトの延長線上で、修士生や学部生の指導経験を積めたり、ペンギンやアザラシといった海洋・南極生態学の研究にも関わらせてもらえたり、めちゃくちゃいろんな経験をさせてもらえたのは本当にありがたかったです。
指導した学生たちに「丁寧で分かりやすい」とか「フレンドリーでいいヤツ」などお褒めの言葉をいただけたのも嬉しかったですね。笑
この研究プロジェクトの契約もまだ数か月残っています。
なんとか契約が切れるまでにいいデータを出し、区切りのいいところまで進めるぞ、とすでに来年に向けて気合いが入りまくっております。
僕が学部・修士と合わせて約5年ほど住んだこの街ホバートで当時からの友人たちと再会し、お酒を飲んだり、ハイキングに出かけたり、サッカーをしたりもしました。
当時は英語力がゴミすぎて、会話に入れなかったり、愛想笑いでやり過ごしたりするたびに悔しい思いをしながら過ごしていた彼らとの時間ですが、今は自分が心から楽しめているという点に自分の英語力の向上を感じたりもしました。

序盤の予想通り特に盛り上がりもないままダラダラと書いてしまいました。笑
いつもですが、SNSを通して、ブログを通して、興味を持ってくれたり、応援してくれている皆さんありがとうございます。
特に今年は出会いに恵まれたからこそいい締めくくりができた年だったので余計に感謝を感じます。
一年お世話になりました。
こんな僕ですが来年もよろしくお願いします。
みなさんも健康で、楽しく、毎日ハッピーに過ごしてください。
ではでは、よいお年をお迎えください。
一区切り。そしてこれからは。
つい先週、約3年半に渡って行ってきた博士課程研究のファイナルプレゼンテーションが終わりました。
質疑応答も含め約1.5時間にも及んだ大緊張のプレゼンも、指導教員やパネルのみならず多くの友人が応援に駆けつけてくれ、終わってみれば「おめでとう!いいプレゼンだったよ!」と言ってもらえ、成功と言えるものとなったのだと思います。(練習と比べると上手くいかなかったなぁという後悔はあるけど)

緊張した!
ヒゼンダニの薬物標的受容体に焦点を当てた、ウォンバット疥癬の治療の最適化。
動物学部を卒業し、ずっとフィールドワーク系の研究に携わってきた僕は、分子生物学の知識なんて皆無の状態でこの研究をスタートさせました。
野生動物の感染症研究において、今まで培ってきたフィールドワークの経験に加え、分子生物学や遺伝学、それに関連するラボワークの経験を積めば、将来的にキャリアの幅が広がるだろうと考えた末の決断でした。
研究自体は、書けること、書けないことも含めて、まぁなかなか苦労するものでした。
いくらウォンバット疥癬の知識があっても、分子生物学や薬理学といったものは、自分にとって全く新しい領域。
もちんラボワークなんて、ほとんどやったことありません。
同じ英語でも、全く別の、新しい言語で研究をしているような感覚でした。
でも、振り返ってみれば、この3年半の間に4本の論文がパブリッシュされ、博士論文も提出し、ファイナルプレゼンも終え、少しはウォンバットたちを疥癬の苦しみから救うことに貢献できたのかな、と思っています。
タスマニア大学での学部・修士課程を含めると、5年以上携わってきたウォンバット疥癬の研究。
爛れて出血した皮膚を激しく掻きむしるウォンバットたちを実際に目の当たりにし、「研究で結果を出したい!」という気持ちより、「ウォンバットを救いたい!」という気持ちをモチベーションにここまでやってきました。
でも、僕のウォンバット研究もここで一区切り。
Twitterを通じて、ブログを通じて、そして本を通じて、たくさん応援してくれた皆さん、本当にありがとうございます。
あまり愚痴とかは書かないようにしていたけど、心配してDMしてくれた方もいたりして、本当にありがたかったです。
マジでたくさんの人に支えられました…!
とはいえ、僕の研究から得られたものの中で、まだ論文化されていないデータもたくさんあるので、僕のプロジェクトは終わっても、それに関連した論文はまだ世に出ていくはずだし、もちろんこれからもウォンバットの疥癬研究は続いていきます。
疥癬に苦しむウォンバットが少しでも減るように、自分にできることをこれからもコツコツと進めていくつもりです。
さて、問題は、「んで、アンタこれから何するん?」というところでございます。
僕の専門分野は、野生動物を苦しめる感染症の研究。
そして特に、ウォンバットというオーストラリアの有袋類を疥癬から救う研究に携わってきました。
博士課程修了が近づくにともなって、今年の年明けぐらいから、分野が近い研究者の方や、友人の伝手など使って「なんか仕事ないスカ?」というメールを送っていました。
すると、タスマニア大学時代の友人のひとりから、「うちのラボがちょうど人を探しとるかもしれん」という返信がありました。
詳しく話を聞くと、その友人と彼のボス(僕がタスマニアで研究していた頃に少しお世話になった人)が、彼らの研究のラボワークとデータ解析のできる人を探しているとのことでした。
そして、彼らの対象生物は、タスマニアデビル。
伝染性のガン、タスマニアデビル顔面腫瘍病(DFTD)に苦しむ有袋類です。
1996年に初めてこのガンに感染した個体が発見されて以来、2015年までに全個体数の95%がこの病気が原因で姿を消したとされています。
簡単なまとめはこちら↓
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半年間という本ポジションの短い契約期間が少しネックになりましたが、キャンパスのあるタスマニア州都のホバートが自分にとって慣れ親しんだ街であること、そこにはたくさんの友達やホストファミリーがいること、そしてもう長年知っている人たちと一緒に働けることを考慮し、行くことに決めました。
このポジションの後はどうなるか、そのことに関して話し合いや研究費の申請などを行なってきてはいるものの、今のところはまだ何も決まっていません。
不安定すぎて笑います。
でも、博士課程を始めるにあたり考えていた、
「野生動物の感染症研究において、今まで培ってきたフィールドワークの経験に加え、分子生物学や遺伝学、それに関連するラボワークの経験を積めば、将来的にキャリアの幅が広がるだろう」
という発想は、間違っていなかったのかもなと、今なら思えます。
まずは、不安定ながらも、やっとプロとして一歩を踏み出せること、そしてこれからも感染症に苦しむ野生動物の研究に貢献できることに喜びを噛み締めながら、目の前のことを真面目に愚直に全力で頑張っていけたらなと思っています。
南極からの風で凍える真冬のタスマニアが待っている。
読んでくれてありがとう。そして、いつも応援してくれてありがとうございます。
Twitterのアカウント名とアイコンどうしようかな…。笑
僕の仕事はウォンバットを捕まえることではない。ウォンバットを救うことだ。
さて、久しぶりに少し書きたいことができたので、この長期間にわたり圧倒的に放置されていたブログを更新しようと思います。
僕は現在、ウォンバットを疥癬という感染症から救うための研究をしています。
「もう知ってるよ!」という方、ありがとうございます。
初知りの方は以下のリンク先の記事を確認してもらえると、どんな感じの病気か知ってもらえると思います。
wombat-suki-life.hatenablog.com
現在の研究の内容としては、ウォンバットから採取したダニのDNAを調べ、治療薬がダニの体内で働く仕組みや薬への抗体が作られるメカニズムを解明しようというものです。
ダニが抗体を持っていた場合は使用する薬の種類を変えなければその地域のウォンバットを救えない。
ウォンバットたちをこの感染症から救うために非常に大切な研究なのでございます。
以前タスマニアでのフィールドワークについての記事を書きました。
そこでは疥癬に感染している野生のウォンバットを捕獲し、ダニのサンプルを採取するという最高にエキサイティングな経験をしました。

毒ヘビや毒グモが盛り沢山の大自然の中、大きな虫取り網でウォンバットを追いかけるその体験は確かに素晴らしいものでした。
しかし、その後、何人かの人から「次はいつウォンバットを捕まえに行くの?」「私も行きたい!」などと言われることがありました。
また、関心を持ってくれたメディアの中には「なんとしてもウォンバット捕獲シーンを!」というのもありました。
もちろん、友人にしてもメディアにしても、僕の研究に興味を持ってくれるのは本当に嬉しいし、めちゃくちゃありがたいです。
ここで僕が何を言いたいかというと、
「僕の仕事はウォンバットを捕まえることではない。ウォンバットを救うことだ。」
ということです。
「捕獲」というのは当然動物たちにとって非常に大きなストレスが掛かります。
体調1.7m程にもなり、道具を使いながら、群れで襲ってくる人間という恐ろしい敵。
ウォンバットたちに僕らはそう映っているかもしれません。
ましてや、疥癬と戦うためにすでに大量のエネルギーを消費しており弱っているウォンバットたちにとって、人間から逃げることは命懸けかもしれません。
当然、彼らは僕らが捕獲の末に疥癬の治療薬を投薬しようとしているなんて夢にも思わないのです。
というわけで、僕らとしてはできればウォンバットの捕獲はしたくないのです。
僕の持っているダニのサンプルのひとつに「DW01」と名付けられたサンプルがあります。
「DW」というのは、「Dead Wombat」。
つまり、死んだウォンバットから採取されたダニのサンプルなのです。
現在持っているダニのサンプルのほとんどは、
・過去に疥癬により死亡した個体から採取されたもの
・重度の疥癬のせいで安楽死させた個体から採取したもの
・保護施設に運ばれてきた感染個体から採取されたもの
・交通事故で死んだ個体から採取されたもの
で、構成されています。
そう、ウォンバットにストレス与えず、または最小限のストレスに留めた状態で採取されたサンプルです。
疥癬に苦しむウォンバットよりもかわいいウォンバットの映像が注目を集めやすいように、ラボで実験に励む研究者より原っぱでウォンバットを追いかける研究者の方が注目を集めやすいでしょう。
もちろんそれも分かるし、僕もどちらかと言えばフィールドの方が好きです。
しかし実際は、僕らはウォンバットへのストレスをどうにかして最小限に抑えつつ研究を行う方法を日々考えています。
研究のある側面だけがフィーチャーされすぎてしまった結果、本当に大事なことが見逃されてしまうのは少しだけ悲しい気がするのです。
そしてそれって世の中のいろんなことにも言えるよなってそんなふうに思います。
とにかく、今僕がウォンバットたちのためにできることは、ラボに籠もり、ダニのDNAを解析する実験をすることなのです!
という、とあるウォンバット研究者のボヤキ記事でした。
地味な内容でごめん笑
でも読んでくれてありがとう。
またいつか!
こないだのタスマニアでのフィールドワークのお話
2021年11月、僕はこのウォンバット研究プロジェクトのフィールドワークのために、タスマニア島の北西部、Cape Portlandという場所を訪れました。
以前にもここを訪れるチャンスが何度かあったのですが、新型コロナウイルスの影響で政府より移動が規制されたり大学から許可が降りなかったりと、なかなか実現できずにいました。
しかし今回、ようやく満を持してタスマニア大学の研究チームに帯同してフィールド調査ができることに相成りました。
本記事ではそのフィールドワークの様子をお伝えしようと、そういった趣向でございます!
- フィールドワークの調査現場とその目的とは?
タスマニア州の州都ホバートまで現在僕が住んでいるクイーンズランド州にあるブリスベン空港から約3時間のフライト。そして調査現場のCape Portlandまではホバートから車で4時間超というスーパー大移動です。

ホバートに着いたのは夜6時。初日は僕が英語を1ミリも喋ることのできなかった19歳当時にとてもお世話になった元ホストファミリーの家に泊まらせてもらいました。
翌朝タスマニア大学チームと合流し、いよいよ出発!
滞在期間中はタスマニアらしい大雨に暴風という悪天候が予想されていましたが、蓋を開けてみれば快晴!完全なるドライブ日和です!
今回の旅に目的は疥癬の感染したウォンバットからダニのサンプルを採取すること。そして、そのダニからDNAを抽出して寄生虫駆除薬への抗体発生の仕組みを解明するためです。僕個人としては感染個体の皮膚からダニの採取方法のテクニックをヒト疥癬のエキスパートの僕のボスから学ぶことも目的のひとつでした。
普段は実験室に籠っている僕としては久々のフィールド調査に自ずとテンション爆上げです。
道中はBridportという小さくてこぢんまりとした村で休憩を挟みました。めちゃくちゃ素敵なところだけど、こういうとこに住んでいる人たちって普段何し過ごしてんだろ。そんな疑問を持たずにはいられないほどの田舎町です。

今回の調査現場はCape Portland周辺のMusserole Wind Farm。つまり風力発電所です。
ことの始まりは、オーストラリアの大手電力会社からタスマニア大学に「うちの風力発電所に疥癬に感染したウォンバットがたくさんいる。支援するからここで研究しないか。」と提案してもらったのがキッカケでした。
そしてここで行われているプロジェクトこそが僕が修士時代に携わったプロジェクトの続き、「ブラベクトの野生個体群での効果の調査」なのです!
現在ウォンバットの疥癬ダニのDNAを研究している僕もこのプロジェクトに参加し、サンプル採取できることになったのです。
こうして2泊3日、何もない草原の中、野生のウォンバットたちとの生活が始まったのでした!

- フィールドワーク開始!でも、どんなことするん?
大雨と言っていた天気予報は大きく外れ、快晴の中4時間超の運転の末ようやく昼過ぎに調査現場へ辿り着きました。少し休憩してすぐに調査に取り掛かります。
その調査というのはこのだだっ広い草原の中、舗装もされていない道を約2時間ぐるぐると走り回り、疥癬に感染したウォンバットを見つけ次第車から飛び降り捕獲、そして投薬するという非常に単純明快なもの。
しかし現実は言うが易し行うが難し。さまざまな困難が待ち受けています。
困難1:恐怖の有刺鉄線と電線
この風力発電所の多くの場所では牛が放牧されており、その牛たちが逃げないようにその周りを有刺鉄線と電線で囲われています。もちろんウォンバットたちが現れるのはフェンスの内側。これを飛び越えなければウォンバット捕獲など夢のまた夢。調査員1人感電。

困難2:毒ヘビ
季節は春のタスマニア。多くの爬虫類と両生類が冬眠から目を覚まし活動を始めます。実際に宿舎の近くでも多くのカエルを目撃しました。そして彼らを主食としているのがヘビたちです。
オーストラリアには約200種類のヘビが生息しており、そのうち25種が猛毒です。
そしてその中の2種、タイガースネークとタイパン、は世界で最も危険な毒ヘビトップ10に見事ランクインしております。
行きの車内でも、「いや〜ヘビめっちゃ出たらどうしよう〜!怖いわ〜!」なんて他人事のように談笑していましたが、初日からいきなり出ました。

タイガースネーク。体長最大約2m。
オーストラリアで最も危険な毒ヘビとされ、その強力な出血毒と神経毒は噛まれた人間を未治療なら2〜3時間で死へ追いやることができる。
基本的にはシャイな性格なので驚かさないように後ろからゆっくり近付いてパシャリ。
黒光りした鱗がめちゃくちゃかっこいいっす!
初日だけで3匹のタイガースネークと遭遇した僕らはフィールドを歩く際も間違ってヘビを踏んでしまわぬよう、そろりそろりと歩く羽目になりました。
困難3:巨大クモ
3日間僕らの家となる建物は思っていたよりもずっと立派で綺麗でした。
もっとボッロボロの小屋を想像していたので安心しましたね。
安心したのも束の間。
手のひらぐらいあるクソデカいアシダカグモがキッチンでいきなり僕らを迎えてくれました。
去年オーストラリアへ来たばかりのその迫力にイギリス人の女の子は恐れ慄いていました。かたや僕はタスマニアで動物学を専攻しサソリからの襲撃にも驚かないメンタルを手に入れていたので、「こっちが何もしなければ向こうも何もしてこないよぉ」などと彼女にとっては気休めにもならない言葉をかけていました。

ソファのクッションの下には毒グモのホワイトテールスパイダーが。
体調は2cmほどで、人間に害を及ぼすほどの毒は持っていませんが、一応殺させていただきました。
- 病気のウォンバットを助けに!フィールドワーク始まる!
午後3時ごろ。
この広大な風力発電所を、ウォンバットを探し車で2時間ほどかけて走り回ります。
しかし、走れど走れどウォンバットはいません。
代謝が低く暑いのが苦手なウォンバットたちは基本的に夜の涼しい時間帯に巣穴から出てきて活動します。
タスマニアのような比較的寒い地域では昼間に活動することもありますが、本日は春先の快晴。
この人間にとって最高に過ごしやすい気候はまだウォンバットたちには暑すぎたのです。
やっとの思いでウォンバットを一頭、約100m離れた丘の上に見つけました。
疥癬の症状が見れらたので、大きな虫捕り網のようなネットを持って捕獲へ向かいます。

ターゲットまであと20m。
4人で息を潜め、忍び足で囲い込んでいきます。
ウォンバットの視覚はあまり優れておらず、止まっているものをうまく認識できません。
その代わりに鼻はとても効きます。
彼らの風上に立てばたちまち僕らの存在に気付き、あっという間に逃げてしまいます。
狙いのウォンバットが草を食べています。これはこちらに気付いていない証拠です。
その隙にググッと距離を詰め、異常を感じてウォンバットが頭を上げた瞬間に僕らの動きはピタッと止まります。
これは完全にだるまさんがころんだです。
日本人の誰もが幼少期に経験したあの伝統的な遊びが今こうして僕の研究に、ウォンバットの保全に役立っています。
そしてターゲットまで5m程になった瞬間に4人で一気に飛びかかります!
「クソ!速い!」
ウォンバットは素早いターンをキメ、僕らの隙間を抜けて逃げようとします。
「そうはさせるか!」
僕も負けじと20年間サッカーで鍛えた足腰を使い、その急ターンについていきます。
しかし、標的は僕らをかわし、森の中へ逃げようと猛ダッシュします。
僕は50m走6秒前半(高校生時)の快速を活かし、必死に後を追いかけます。
走っていて気付いたのですが、あんなに平坦に見えた草原も実はボコボコ。
小さな丘がたくさんあるような地形でまともに走れません。
そうしているうちに派手にコケてしまい獲物を取り逃しました。
「アイツら、速い…」
このあと夕方になり気温が少し下がったところで数頭のウォンバットを目撃し、捕獲を試みましたがどれも失敗。
ウォンバット捕獲は思っていた以上に困難でした。
一旦宿に帰り、晩御飯を食べてからリベンジすることに。
晩御飯はタコスでした。美味かった〜!(切り替え早)

夜8時ごろ。
8時といってもサマータイム中のタスマニア。
日没は9時過ぎなので、まだまだ明るいです。
日本の夕方5時って感じです。

少し暗くなった草原を昼間と同じように車で爆走していきます。
「Mange!(疥癬!)」
メンバーの1人が叫びました。
全員車から飛び降り、有刺鉄線を跨いで新たなターゲットへとゆっくりと着実に忍び寄ります。
毛は抜け、皮膚はただれて大きく腫れています。
この旅で見た一番の重症個体です。
別の2人が後ろから僕らの方へ追い込む作戦にしました。
僕は息を潜め、向こうのサインを待ちながら、ウォンバットがこちらに来る瞬間に備えます。
背後の2人の存在に気付いたウォンバットがものすごい勢いでこちらに走ってきます。
その迫力に恐怖さえ感じながらも近付いてくるのをじっと待ちます。
「ガバっ!!」
ネットと麻袋でウォンバットを押さえ込みます、そして逃げらないように馬乗りになり、素早く頭を布で覆って視界を遮ります。
「うぉお、すごい力だ…!」
男2人が吹っ飛ばされそうなパワーでウォンバットは逃げようとします。
僕が馬乗りになってウォンバットを押さえ込んでいる隙に、1人がそのウォンバットに麻酔を打ちます。
すると30秒ほどでウォンバットは寝息を立て始めました。

野生のウォンバット久しぶりに触ったんだけど、やっぱり飼育個体にとは全然違う。
全体的にガチガチに硬くて、筋肉質。
野生で生きる厳しさを感じました。
ブラベクトを肩甲骨の間に投薬し、耳にタグを付けます。
緑のタグは「治療済み」のしるし。
これで経過が観察できます。
眠っているウォンバットをよく見ると、大きなお腹をしていました。
そう、袋の中に子供がいたのです。
このプロジェクトでは動物たちのストレスを最小限に抑えるために、子供のいる個体は投薬後すぐにリリースしなければならないというルールがあります。
普段であれば、体重、血液、そしてダニのサンプルなど、様々なデータを取りますが、今回はそれは行われず。
大型ペット用のケージにウォンバットを入れ、麻酔から覚醒するまでの数時間の安全を確保します。
結果的のこのフィールドワークではこれが唯一捕獲できた個体となりました。
2日目の夜は夜中の草原でスポットライト調査。
ウォンバットの個体数と疥癬の蔓延率を調べるためのものです。


寒空の下、車の窓を開けてスポットライトで草原の中をウォンバットを探して爆走します。
寒い…
3時間の調査で、120頭以上のウォンバットを確認しました。
そううち感染個体は8頭ほど。
この個体群の感染率は5〜10%というデータが出ており、まだ感染爆発は起きていないようでした。
思ったんですが、近くで見て触るのもいいけど、やっぱり野生動物ってのは探して探してやっと見つけたものを遠くから観察する方が逆に迫力あるなぁと、そんなふうに思いました。
こうして、僕のフィールドワークは終了したのでした。
- まとめ
この旅の最大の目的であったダニのサンプルを採取は叶わなかったものの、普段ラボに篭ってウォンバットから採取したダニのDNAを眺めている僕にとって久しぶりにフィールドに出て、実際の動物たちを見ることはとても刺激になり、本当に多くのことを学ぶことができました。
そして、ウォンバットたちを疥癬から救うべく、更なる情熱と努力を自分のプロジェクトへ注ぐモチベーションとなったのであります。
あと、タスマニア大学時代に僕をウォンバット研究の世界に誘ってくれた元ボスともこうして今も一緒に働けているのも嬉しいですね。
いや本当にいいフィールドトリップだった!
というわけで、これからも頑張っていくので皆さん応援オネシャス!!

ウォンバット疥癬から考える保全の難しさ
論文とか実験とかサッカーとかで忙しくて(言い訳)、かなり放置しておりましたこちらのブログですが、久しぶりに書きたいなと思うことが浮かんだので書きます!
ひよっこ研究者の僕もなんやかんやでウォンバット疥癬の研究にもう数年携わってきました。(ピヨピヨ)
研究自体の難しさもそうなんですが、やっぱり特に「保全」という物の難しさを最近はヒシヒシと痛感しております。
ウォンバット疥癬の場合の保全のゴールというのは「ウォンバットたちを疥癬という感染症から救い、彼らを守っていく活動」のことでございます。
でも研究を進めていくにつれて、この問題は良くも悪くも多くの人たちの思いや考えが交錯しあい、それによってゴールへの遠回りになってしまっているなぁという印象があります。
ってなわけで、「ウォンバット疥癬から考える保全の難しさ」これが本記事のテーマでございます!
マニアックな内容だけど楽しんでもらえたら嬉しい!
- ウォンバット保全の現状
現在、ウォンバット保全のほとんどはボランティアのケアラーさんを主体にした非営利団体によって行われています。
ケアラー(Wildlife Carer)というのは野生動物を一時的に自宅で保護し、野生に復帰するまでまたは保護施設に引き取ってもらうまで面倒を見ることです。
ウォンバットで言えば、一番メジャーなのが交通事故により死んだ母親の袋の中で奇跡的に生きている状態で見つかった子供を引き取り一定期間育てるというもの。
獣医さんによる健康状態のチェック、昼夜問わない数時間おきの授乳、ありとあらゆる家具を破壊する野生動物のパワーなど、決して簡単ではない仕事です。

次にメジャーなのが、疥癬に感染したウォンバットの治療です。
保護せずに治療すると近辺に生息する他の個体も感染させてしまったり、完治に必要な回数の投薬をできなかったりなど、さまざまなリスクと困難が発生します。
それなら、一定期間完全に保護し、完治するまでしっかり治療しようということです。
これも非常に大変で、自分や家族やペットが疥癬に感染しないようにしっかりとした感染対策が必要になります。
そのため専門家のアドバイスに沿った薬物の知識や感染症の知識も必要になります。
例えば、ウォンバットを保護する部屋はその個体専用にする、その個体と接触した衣服はしっかり殺菌、消毒、洗濯をするなど。
また、感染個体は引っ掻き傷から二次感染の可能性もあるので抗生剤なども必要になります。
wombat-suki-life.hatenablog.com
僕が研究でもとってもお世話になっているNPO団体がビクトリア州のMange Management Inc.とCeder Creek Wombat Hospitalです。
こちらの代表の方達は本業で別の仕事をしながら疥癬に苦しむウォンバットの治療、地域のケアラーさんたちやコミュニティの教育、そして治療器具や薬の提供などを行っています。
エネルギーすごすぎます。
この二つの団体はタスマニア大学とサンシャインコースト大学のウォンバット研究プロジェクトに携わり協力しあってウォンバットの保全に日々勤めております。

このように知識と経験のある人たちが中心となって、地域を巻き込んだウォンバットの治療プログラムこそが、現在のウォンバット保全の現状そして根幹となっているわけです。
いくら僕ら研究者が頑張っても、彼らなしではウォンバットの保全はなし得ないのです。
2.「ウォンバットを守りたい!」その強い想いが裏目に…
幸いなことにオーストラリアでは「ウォンバットをこの恐ろしい感染症から救いたい」と強く思ってくれる人がたくさんいます。
しかし、残念ながらそれがいい方向に作用していないケースもあります。
今僕が問題視しているのが、認可されていない薬を使ったり、認可されている投薬量の何倍もの濃度でウォンバットの疥癬を治療している人たち、または保全団体です。
2021年9月時点ではサイデクチンという牛などの家畜に使用される抗寄生虫薬のみがウォンバット疥癬の治療薬として認可されています。
投薬量もウォンバット一頭に20mL を3〜4回までと厳しく定められています。
しかし、一部のケアラーの間で「この治療法では野生のウォンバットの疥癬の完治は不可能で実際は数倍から数十倍の量が必要」という情報が出回っていることが分かりました。
調査によると、最大で100倍もの量を32回も同個体に投薬したケースも報告されました。
サイデクチンの過剰摂取/投与には主に3つ問題があります。
- 神経毒性
イベルメクチンやサイデクチンなどの抗寄生虫薬はダニ、ノミ、線虫などの寄生虫の中枢神経のある部分に作用し、体の一部を機能不全に陥れ麻痺を引き起こし殺します。その「ある部分」は無脊椎動物にしか存在せず、人間を含めた哺乳類の中枢神経には作用しないため安全という仕組みです。
しかし、この薬が過剰に僕らの体内に入ると、解毒酵素などのシステムなども突破し、脳神経まで到達してしまうことがあります。
そしてそれが脳に蓄積されると、神経系の障害を起こし、吐き気、下痢、脳卒中、運動失調症、最悪の場合死ぬこともあります。
過去にも事故で多量のイベルメクチンを摂取してしまった犬が神経障害になり意識不明の重体になったケースも報告されており、動物たちを守る上で素晴らしい薬である一方、用法用量に注意が必要な薬なのです。
また近年ではコロナウイルスの治療薬としてイベルメクチンが効くというデマが流れ、それを摂取した人が病院に運ばれたというニュースも出ていましたね。
つまり何が言いたいかと言うと、同じリスクがウォンバットの疥癬治療にも存在するというわけです。
科学的根拠なしに、闇雲に投薬すればどうなるのか。
そのウォンバットは疥癬で死んだのか、薬の過剰接種で死んだのか、残念ながらそういったことを調査する必要も出てきてしまいます。
- 環境汚染
ウォンバットにおいて、このような抗寄生虫薬は肩甲骨の間に液体を垂らして投与するスポットオンタイプです。
このタイプを口から摂取してしまうと副作用を起こすことがあり、動物たちの手や舌が届かない場所に投薬することで、それを防げるのです。
しかし、例えばもし過剰な量の薬が野生のウォンバットに投薬されて、それがその地域の川などに流れ出したらどうなるでしょう。
そこにいた魚などの生物、その水を飲んだ野生動物または牛などの家畜たちがそれを経口摂取してしまうことになります。
そうなれば、もちろん間接的に薬を摂取した生物たちの健康状態にも影響するかもしれないし、その薬の成分を含んだ家畜の肉を人間が食べることになるかもしれないのです。
- 抗寄生虫薬への抗体
このような薬の過剰使用や誤用は寄生虫たちの突然変異を促し、抗寄生虫薬への抗体の獲得へと繋がることが分かっています。
つまりその薬では抗体を得た寄生虫たちを殺せず、患者・患畜を治療できないと言うことなのです。
このような現象は世界各地で疥癬ダニを初め、ヒトジラミやノミなど様々な寄生虫で報告されており、結果的に別の薬で対処しなければならにという事態になります。
前述した「最大で100倍もの量を32回も同個体のウォンバットに投薬したケース」は確実に過剰投与に当てはまり、もしこれが日常的に行われていた場合、その地域の疥癬ダニにサイデクチンは効かなくなり、ウォンバット疥癬の撲滅は別の薬を使わない限り不可能になります。
3.まとめ
このように様々なリスクを伴う抗寄生虫薬の過剰投与と摂取。
悲しいのが、このような危険な行為をしている人たちも「ウォンバットを守りたい!」という一心で必死に治療に取り組んでおり、いくら専門家が一生懸命研究をしても、彼らの助け無しではこの感染症の撲滅は不可能なのです。
しかし、こういった一部のケアラーさんや保全団体の力が強すぎるため、本来協力しあうべき僕ら専門家の意見が「科学者の言うことなんて!」となかなか聞き入れてもらえないこともあります。
これって昨今のコロナ禍とも少し似ていて、疫病を乗り越えみんな元通り平和に暮らしたいっていう願いは同じなのに、デマが流れたり科学的に正しくない治療法を勧める人がいたり。
できるだけ協力し合ってそのゴールへと向かっていくべきにも関わらず。
こういった場合に研究者ができることって、今どんな研究が行われていてどんな効果があるか、どんなリスクがあるかを発信して多くの人に理解してもらえるよう努める事だと思うんです。
つまり、ウォンバット疥癬の治療においては、多くのケアラーさんや地域の人たちと手を取り合ってウォンバットを守るというゴールを達成するために、専門家からの発信と教育がカギになっていくのかなと思っております。
いわゆるサイエンスコミュニケーションと呼ばれるヤツです。
と言うわけで、ウォンバット疥癬から考える保全の難しさ、読んでくれてありがとうございました。
最後に、ウォンバット保全に全力を尽くしてくれている保全団体のリンクを貼っておきますので良かったら見てみてね!
もし、その活動に協力したいと思ってくれた人は寄付してあげてください。
安心してください、間違っても僕のポケットには一銭も入らないので!(笑)
お薬は用法用量を守って飲んでね!
では!
www.cedarcreekwombatrescue.com
ウォンバット疥癬への新治療薬ブラベクト!最新研究をビシッと解説!
さて、先月にようやくパブリッシュされました僕がタスマニアで携わってきたプロジェクトの論文、
Fluralaner as a novel treatment for sarcoptic mange in the bare-nosed wombat (Vombatus ursinus): safety, pharmacokinetics, efficacy and practicable use
「いやいきなり『さて!』とか言われても…(困惑)」
ってなってる人、大丈夫ですちゃんと説明します!
このタイトルをざっくり日本語に訳すと、
「ウォンバット疥癬への新治療薬Fluralaner(ブラベクト)の安全性、薬物動態学、効果、そして実践的な使用」
だいたいこんな感じです。
本記事では、この論文をビシッと解説していこうと、そういった内容でございます。
たぶん長くなるので暇すぎて大して食べたくもないお菓子をボリボリと食べちゃってる時にでも読んでください。
目次
1. ウォンバット疥癬とは?
2. 新治療薬ブラベクトってウォンバットにとって安全なの?
3. それでその薬、疥癬にちゃんと効くんでしょうねェ?
4. まとめ
といった感じで進めていくのでもし分かりづらい箇所とかがあれば、コメントでもTwitterでもメールでもいいのでまた聞いてください!
1.ウォンバット疥癬とは?
オーストラリアにいるズングリムックリの可愛い動物ウォンバット。
しかしこのウォンバット、今大変な病気に苦しんでいるんです。
Sarcoptic mange、和名:疥癬(かいせん)
―ヒゼンダニ(Sarcoptes scabiei)により引き起こされる感染症。
感染した個体は強烈な痒み、皮膚の過角化(乾燥しひび割れそして厚くなる)、そしてひっかき傷からの第二感染症などに襲われる。
また、ウォンバットの場合、皮膚の過角化は目の周辺にも起きやすく、その場合は視力を奪われエサや水を見つけることができず多くの場合は死ぬ。
この疥癬という病気、現在までに人間を含めた100種類以上の哺乳類で報告されています。しかし、その中でも特に一番大きな影響を受けているのがこのヒメウォンバットだと言われています。

疥癬に感染したウォンバット
Tasmania Government Department of Primary Industries, Parks, Water and Environment
しかしなぜ、ウォンバットにだけ被害が大きいのか?
ヒゼンダニはある気温や湿度などの条件が揃った環境では宿主無しで2-3週間生きることができると言われています。そしてウォンバットの巣穴はまさにその「条件の揃った環境」であると考えられます。特に大量の草が敷き詰められている寝室は湿度も保たれておりダニにとって非常に過ごしやすい環境でしょう。
そしてもうひとつの原因はウォンバットの「巣穴を共有する」という習性にあります。ウォンバットの縄張り意識はそこまで強くなく、他の個体が掘った巣穴を使うことがよくあります。
つまり、感染した個体が使用した巣穴にはヒゼンダニが住み付き、その巣穴を健康な個体が使用することで感染が広がるといった仕組みです。
きっとここまで読んでくれた人たちの多くは思ったでしょう。
「治療薬はないのか?」と。
もちろんあります!
サイデクチンという薬は、オーストラリアでウォンバットの疥癬を治療するのに最もメジャーな寄生虫駆除薬であり、現在国内でウォンバットへの使用が認可されている唯一の薬です。
なんとこの薬一回投与すると効き目が1週間持続し、あっという間にダニを駆除してくれるすごい薬なんです。
よぉーし!それじゃあ、疥癬で苦しんでいる野生のウォンバットたちをすぐに治療しに行こう!!ってなりますよね?
それがねぇ、そうもいかないんですよォ。。。
この薬の効果持続期間は1週間。
ヒゼンダニが宿主無しで生き延びられるのが2∼3週間。
分かりますね?
感染したウォンバットには複数回繰り返しこの薬を投与しない限り、ウォンバットの身体そして巣穴からダニたちを完全に駆除することはできないのです。
そして、野生の環境では同じ個体に複数回都合よく出会い、そして個体群の全個体に確実に薬を投与するのはほぼ。。。
不可能。
これが現状です。悲しいですが。
この打開策として、タイトルで登場した「ブラベクト」という別の薬の使用が現在は検討されています。

このブラベクトは一回の投与で効果が3か月持続することがイヌやネコで実証されています。
マジで希望の光です。
というわけで、ブラベクトのウォンバットへの安全性を確認しよう!というのが僕の研究プロジェクトに相成ったわけでございます!
ウォンバット疥癬について詳しくはこちら
wombat-suki-life.hatenablog.com
2. 新治療薬ブラベクトってウォンバットにとって安全なの?
最近では、コロナのワクチンがニュースで話題になってますね。
「効き目はどうなんだ」とか「副作用は大丈夫なのか」とかね。
このブラベクト、ウォンバットたちにとっても全く新しい未知の薬。
いくら疥癬で苦しんでいるからって、彼らもいろいろと不安でしょう。
というわけで、このプロジェクトの目的を簡単にまとめると
- ブラベクトのウォンバットへの安全性の確認と薬物動態の調査
です。
薬物動態っていうのは、投薬されてからどれぐらいの量の薬がちゃんと動物の体内に吸収されたか、また体外に排出するのにはどれぐらいの時間が掛かるかなどを調べる実験です。
これは動物の種類や薬によって代謝速度や薬の分解のされ方に違いがあるため、その薬がその動物の体内でどれだけ効果を持続するかを見るのに非常に大事な調査なんですねぇ。
なので、薬の血中濃度の変化を調べるためにも定期的に採血をします。

安全性の確認方法としては、健康なウォンバットにブラベクトを一度だけ投薬。
体重・行動・血液検査を投薬前と投薬後の3か月間定期的に記録し、その実験期間中にウォンバットの健康状態に変化がなければブラベクトは彼らにとって安全ということになります。
実験の流れとしては、
‐ブラベクトを一度だけ投与する。
‐投与量は25mg/kg(犬の標準量)or85mg/kg(安全と思われる高投薬量)
‐薬物動態調査と血液検査のために採血する。(3回/週→1回/週→2週間に1回:3か月間)
‐体重測定と行動観察を採血と同頻度で行う。(ウォンバットの健康状態のチェックのため)


そしてそして、
結果発表――ッ!!!!
まずは実験期間中のウォンバットの健康状態から!
ブラベクトを投薬前と後の3か月間、どちらの投薬量の個体にも行動と血液検査の結果にほぼ変化が見られず、ビシッと健康でいてくれたことが分かりました!
特に体重に関してはどのウォンバットも増加傾向にあり、まだまだすくすくと成長していました(笑)
薬物動態調査の結果も非常にポジティブなものでした。
分析の結果、ブラベクトはウォンバットの体内の吸収されてから、25mg/kgであれば40日、85mg/kgではなんと160日以上効果が持続することが分かりました。
つまり、1週間のみの持続期間のせいで複数回投与が求められるサイデクチンよりも、ブラベクトは一回の投薬のみで野生のウォンバットに発生する疥癬を効果的に治療し予防できるという結論に達したわけなのです。
素晴らしいッ!!
というわけで、ブラベクトはウォンバットにとって安全かつ、非常に長い効果持続期間のある、疥癬治療の希望の星となる結果を示したのでした。
僕がタスマニア大でした研究について詳しくはこちら
wombat-suki-life.hatenablog.com
3. それでその薬、疥癬にちゃんと効くんでしょうねェ?
さて、薬の安全性が確認された今、気になってくるのが本当にその薬が効くのかというところです。
この実験では、シドニーのあるニューサウスウェールズ州のHunter Valleyという場所で捕獲された疥癬に感染した3頭の野生のウォンバットをCedar Creek Wombat Rescueで保護し25mg/kgのブラベクトで治療しました。
症状の重症度は以下の図を使って疥癬スコアとして記録され、治療前のそれぞれの疥癬スコアは、1 (ウォン1)、1.57 (ウォン2) 、2.09 (ウォン3)となっており、全て軽度の疥癬に感染していることが分かりました。

ブラベクトが投薬されるとすぐに効果が見られ、なんと投薬3週間後までにウォン1とウォン2の疥癬スコアが0になり、ウォン3のスコアは0.37まで落ちるという急速な回復が見られました。
その翌週にはウォン3もしっかり疥癬スコア0を記録し、「完治」となったわけでございます。
そして15週間にも及ぶこの実験期間中、一度も疥癬を再発することはありませんでした。
素晴らしいッ!!
この実験によって、犬の標準投薬量のブラベクトは疥癬に感染したウォンバットに素早い効果を発揮し、それは3ヶ月以上持続するということが証明されたわけでございます!
4. まとめ
さぁ、長々と解説してまいりましたこちらの記事もまとめです。
みなさん、お疲れ様です。
この論文の重要ポイントをまとめると
- ブラベクトはウォンバットにとって安全
- ブラベクトはウォンバット疥癬に効果的
- 従来の薬のサイデクチンよりも長い効果持続期間があり、一回の投薬で疥癬を治療できる
となると思います。
(ウォンバット勢歓喜。。。!!)
しかし、
「さぁ!では早速この薬を持ってウォンバットを助けに行こう!」
とはならないのです。
まだまだこのプロジェクトでは調べられなかったことがいくつかあるんですね。
- サンプル数が少ない
今回ブラベクトの安全確認に使われたのは7頭、効果の実証に使われたのが3頭です。
より確実な安全性と効果を確認するには子供をもっと含めた多くの年齢層の個体、妊娠中の個体、そしてオスとメスの比較など、まだまだ必要なデータがたくさんあるのです。
そしてもうひとつ大切なのが、今回治療されたウォンバットは全て軽度の疥癬に感染していたという点です。
ただでさえ衰弱している重症個体にもブラベクトが同じような効果を発揮するのか、これは非常に大事なデータとなるでしょう。
このようにまだ課題の残るウォンバット疥癬撲滅作戦。
しかしこの研究が示したブラベクトの安全性と効果は、疥癬に苦しむ彼らを救う未来への大きな一歩と言えます。
最後にこのプロジェクトに協力してくれたBonorong Wildlife SanctuaryとCedar Creek Wombat Rescue and Hospital Inc.のウェブサイトのリンクを載せておきます。
もし「ウォンバットたちのために自分に何かできることはないかな」と思ってくれている方がいたらぜひ募金してあげてください。
Bonotong Wildlife Sanctuary (593 Briggs Rd, Brighton TAS 7030)
Cedar Creek Wombat Rescue and Hospital Inc. (PO Box 538, Cessnock, NSW 2325)
www.cedarcreekwombatrescue.com
読んでくれてありがとう。
またお会いしましょう。