とあるウォンバット研究者の数奇な人生

とあるウォンバット研究者の数奇な人生

オーストラリアでウォンバットの病気の研究をするというあまりにも数奇な人生を選んだ日本人のお話。

タスマニア大学でのウォンバット疥癬研究プロジェクト

 

オーストラリアにいるズングリムックリでかわいいウォンバット。

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「いらすとや」より

 

今彼らは大変な病気に苦しんでいます。

その名もSarcoptic mange、和名:疥癬(かいせん)

―ヒゼンダニ(Sarcoptes scabiei)による感染症。

感染した個体は強烈な痒み、皮膚の過角化(乾燥しひび割れそして厚くなる)、そしてひっかき傷からの第二感染症などに襲われる。

また、ウォンバットの場合、皮膚の過角化は目の周辺にも起きやすく、その場合は視力を奪われエサや水を見つけることができず多くの場合は死ぬ。

 

この記事では、タスマニア大学でのウォンバット疥癬の治療薬の開発の研究プロジェクトについて書いていこうと思います!

ちょっと難しい内容になると思うけど、マニアックな人はぜひ読んでもらえると嬉しい。

僕もできるだけ分かりやすく、読みやすく書きますので!

それではどうぞ!!

 

 

以前僕が書いた「ウォンバットの苦しめる病気」という記事を読んでくれた方はご存じかと思いますが、一応この病気の問題点をササッとおさらいしましょう!

  • 疥癬を引き起こすヒゼンダニは気温や湿度などの条件のそろった環境では2~3週間宿主無しで生きられる。
  • ウォンバットの巣穴はまさにその環境で、個体間で巣穴を共有することで感染が広がる。
  • 既存の治療薬サイデクチンは効果持続期間が1週間のため複数回投薬する必要がある。
  • 野生の環境で全個体に定期的に複数回の投薬するのは不可能。
  • つまり、一度の投薬でダニを完全に駆除できる長い効果持続期間を持つ薬が必要。

 

こんな感じです。

 

wombat-suki-life.hatenablog.com

 

そこで現れたのが我らが希望の星、

 

ブラベクト!!!

 

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このブラベクトはペット用の寄生虫駆除剤で、この液体を体の表面にポチョンと一回落とすだけで効果が3か月持続することがイヌやネコで実証されています。

マジで希望の光です。

 

ってなわけで始まったのが僕のプロジェクト!

The Safety and Pharmacokinetics of Bravecto in bare-nosed wombats」です!

はて?そう言われましてもよく分かりませんなぁ。。。

という方がほとんどだと思います。

 

プロジェクトの目的を簡単にまとめると

  • ブラベクトのウォンバットへの安全性の確認
  • ブラベクトのウォンバット内での薬物動態の調査

です。

 

このブラベクト、元々はペット用として開発されて薬であり、イヌとネコ以外への効果も確認されているもの、もちろんウォンバットにおいては効果はおろか安全性も確認されていません。

もしかしたら末恐ろしい副作用があるかも。。。

と、言うことで、疥癬撲滅のためにそれを確かめよう!というプロジェクトであります。

 

安全性の確認方法としては、健康なウォンバットにブラベクトを一度だけ投薬。

体重・行動・血液検査を投薬前と投薬後の3か月間定期的に記録し、その実験期間中にウォンバットの健康状態に変化がなければオッケーというものです。

 

あと薬物動態っていうのは、投薬されてからどれぐらいの量の薬がちゃんと動物の体内に吸収されたか、また体外に排出するのにはどれぐらいの時間が掛かるかなどを調べる実験です。

これは動物の種類や薬によって代謝速度や薬の分解のされ方に違いがあるため、その薬がその動物の体内でどれだけ効果を持続するかを見るのに非常に大事な調査なんですねぇ。

なので、薬の血中濃度の変化を調べるためにも定期的に採血をします。

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薬物動態カーブの例。ⅹ軸が時間でy軸が薬の血中濃度です。


ウォンバットの採血はホバートにある野生動物専門の動物病院付き保護施設のBonorong Wildlife Sanctuaryの獣医さんたちに手伝ってもらいました。

 

余談ですが、採血の途中にもいろんな動物が動物病院に運ばれてきました。

ワラビー、ウォンバット、カモノハシ、ハリモグラ、鳥類、そしてヘビまで!

獣医さんって本当に人間以外は何でも診なきゃいけないんだからすげえよなぁってひどく感動しました。

 

さぁ、話を戻しまして!

ちょっと専門的な内容だったにも関わらず、我慢してここまで読んでくれた人ありがとう!

やっとウォンバットが出てくるよ!(ワーイ)

今回このプロジェクトに研究してくれたウォンバットこの5頭!

3頭はBonorong Wildlife Sanctuaryから、もう2頭はZooDoo Wildlife Parkからお借りしました。

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唯一の男の子Lourieってのがもう暴れん坊でねぇ。。。

毎朝動物園で彼を捕獲するのにめちゃくちゃ苦労しましてね。えぇ。

彼のまともな写真というと、もうこの麻酔で爆睡してる写真しかないんすよ(笑)

 

かたやSassyは名前を呼べば後ろをテチテチ付いてきてくれるぐらい可愛いしとってもいい子です♡

 

下の写真のような感じでLourieとSassyは採血の度にSUVのトランクで動物病院へと輸送させていただきました。

狭くてごめん。

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左がLourieで右がSassyです。


実験の流れとしては、

‐犬に使用する際と同量のブラベクトを一度だけ投与する。

‐薬物動態調査と血液検査のために採血する。(3回/週→1回/週→2週間に1回:3か月間)

‐体重測定と行動観察を採血と同頻度で行う。(ウォンバットの健康状態のチェックのため)

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首元の静脈から採血されるウォンバットとそれを見守る僕。

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爆睡。


こうしてたくさんの人とたくさんのウォンバットに協力してもらいながらこのプロジェクトは進んでいきました。

 

そしてそして、

結果発表――ッ!!!!(浜ちゃん)

 

まずは実験期間中のウォンバットの健康状態から!

ブラベクトを投与する前とブラベクトを投与してからの3か月間、5頭共行動にも血液検査の結果にもほぼ変化が見られず、ビシッと健康でいてくれたことが分かりました!

特に体重に関してはどのウォンバットも増加傾向にあり、まだまだすくすくと成長していました(笑)

 

いいぞォ、いっぱい食ってデッカくなってくれぇー!

 

問題は薬物動態調査の結果です。

この実験では犬と同様の投与量をウォンバットに使用しました。

なので、だいたい犬と同様の薬物動態カーブになると予想していました。

 

ところがどっこい!

比べてみると犬の1/1000程度の薬しか吸収されてない。。。!!!

いや、投与量は間違えていない。。。なぜだ。。。!!

 

考えられる原因は、、、

ウォンバットの厚い皮膚と脂肪です。

その厚い皮膚と脂肪に邪魔をされ、犬と比較するとブラベクトが体内に効果的に吸収されなかった。ということです。。。

 

いやはや、まさかここまでとは思いませんでした。。。

これでは犬猫と同じような治療効果はウォンバットには期待できません。

 

ただ悪い結果ばかりではありません!

分析の結果、ブラベクトは犬猫と比べてウォンバットの体内の方が長く滞在するということが分かりました。

これはウォンバットの非常に低い代謝が関係していると思われます。

つまり、効果が実証されれば犬猫より長い効果持続期間が期待できるのです。

いいぞォ!

 

 

まとめると

‐ブラベクトはウォンバットにとって安全

‐しかし必要量の1/1000程度しか吸収されない

‐ブラベクトはウォンバットの体内で充分に長く滞在する

 

ということでした。

こうして僕のプロジェクトは終わりました。

 

あ、でも安心してください!

このあと僕の所属していたスコット・カーバー研究室のメンバーがしっかりこのプロジェクトを引き継いでくれ、3倍の投与量で同じ実験をしてくれました。

この投与量はイヌとネコでも副作用が確認されておらず、僕の実験結果からしても安全であるという推測の元に行われ、安全確認も薬物動態調査も期待通りの結果を得ることができました。

現在は実際に疥癬に感染した飼育個体でブラベクトの効果を実験している段階です。

3週間でダニを完全駆除し3ヶ月間効果が持続するこの薬を野生個体へ使用できれば多くの野生ウォンバットの命が救われることは間違いありません。

 

長くなっちゃってごめんなさい。

でも読んでくれた人はとってもありがとう!

このブラベクトのプロジェクトについてはこのブログでも進捗報告はしていくので楽しみにしていてください!!

 

それではまた!!!